>ナチスドイツにも、感じる
投稿者: moriya99 投稿日時: 2005/07/24 13:38 投稿番号: [209498 / 232612]
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そろそろサヨは日本から本格的に放逐。
嘘はいくら塗り固めても、ばれる。
サヨが長らく日本人虐めに使った、自虐史観もぼちぼち崩壊。
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同じ疑問を実は、ナチスドイツにも持っているんだわ。本当にホロコーストかという民族絶滅計画があったのか、と。
何もナチスドイツの味方をしようというのではない。正当化しようとするのでもない。果たして、人間がそこまでできるのか、という疑問が子供のときからあったんだわ。
人間というものに対する興味から、知りたいと思ってきた真実というか、ありのままの現実…。裁く側が勢いに乗りすぎていないか。
ユダヤ人虐殺や途方もない虐待があったのは事実でしょう。でも、民族絶滅計画などでやったのだろうか。
事実は、案外、閉じ込め劣悪な環境の中で大勢の人がひどい最後を遂げたのは事実だと思う。だが、民族絶滅計画にのっとってやったのか、という疑問と、虐殺された人の人数。相当、水増しされているのでは。
こっちも、段々に人数が増えている感じ。600万人も殺したら、世界のユダヤ人がいなくなるんじゃないのかなあ。それに遺体も跡形もなくするのは無理じゃないのかなあ。あの物のない時代に物のないドイツでそんな燃料がどこにあったのか、という子供心に感じた疑問…。
犠牲者は100万人くらいじゃないのかなあ。それでも恐ろしい数だし、ナチスがユダヤ人にやったことは許そうとは思わない。仕方がなかったなどとも思わない。
だが、いわゆるホロコーストには疑問が残るのよね。何か追って行くと幻のように証拠がなくなる。死体を処理したというガス室とか焼却炉も、とても、そんな大量殺戮をしたり、死体の大量処理ができるような装置にみえないんだよね。戦後の裁判で証言した人の言葉も追っていくと、立ち消えていくんだよね。
裁く側に立った者の有頂天…。
それも、人間事象としてみなければいけない。そして、子供のときに感じた素朴なわだかまりって、案外、確かなものだな、と詳しく知ってくるとわかってくるね。
本当のことが知りたい、という動機だけでも、ナチスが裁かれている罪は、全部本当か、と疑問をもつと、何かナチスに味方しているととられ、攻撃されて、本当のことがわからない。
沖縄は日本軍が見捨てた形になったことは事実でしょうし、日本軍にいた人も生き残った人は非常に少ないほど、悲惨だったことは事実だけど、住民を意図的に殺すということは、してないという言葉は、本当に思える。旧軍隊のことを聞いたり、読んだりすると、軍規というのは、現在、想像するより厳しいし、将兵たちは、やはり、日本人を守るために戦うという姿勢がある。
住民を殺したのでは、その動機が成り立たない。それが成り立たないと自分の命を捨てる覚悟はできないよ。
やはり、許しがたい不可抗力というのが、ありのままんの現実のような気がするし、信用できるね。住民を救えなかった軍隊も、悲惨な最後を遂げているのよ。
それが語るのは、どの立場からみても、戦争というのはいかに残酷で悲惨なものか、ということですよね。
人間に経験してはいけないことがあるとしたら、それは戦争…。やはり、真っ先に上がるね。敵も味方もないよ。戦争の悲惨さの前では…。
日本人が旧敵国のアメリカを暴き立てて対立しないのは、それを嫌というほど味わったからじゃないかな。
戦争の悪に比べたら、敵の悪など、多寡が知れているんだわ。
サヨの人って、それを知らないね。だから、反戦といっても、武力反対じゃない。あの人たちは、武力革命には賛成だものね。人の戦争はいけないけど、自分の戦争はいいのよ。
それに今頃、気付くなんて…。アホか。ノーベル賞もどっかアホやね。大江氏が受賞のときから、そう思ってきたけど。
日本人で貰うなら、本当は遠藤周作の方が先…。だが、彼の扱っているテーマが進みすぎているために、理解されるには、まだ、時間がかかるんだね。特に西欧の人間が、遠藤周作が提示しているテーマに気付かない、気付こうとしない。
西欧に侵される者の魂の解体と再生を語っているからね。
大江氏のテーマがちゃちに見えてきたんだけど…。時流に乗っていただけで。
そろそろサヨは日本から本格的に放逐。
嘘はいくら塗り固めても、ばれる。
サヨが長らく日本人虐めに使った、自虐史観もぼちぼち崩壊。
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同じ疑問を実は、ナチスドイツにも持っているんだわ。本当にホロコーストかという民族絶滅計画があったのか、と。
何もナチスドイツの味方をしようというのではない。正当化しようとするのでもない。果たして、人間がそこまでできるのか、という疑問が子供のときからあったんだわ。
人間というものに対する興味から、知りたいと思ってきた真実というか、ありのままの現実…。裁く側が勢いに乗りすぎていないか。
ユダヤ人虐殺や途方もない虐待があったのは事実でしょう。でも、民族絶滅計画などでやったのだろうか。
事実は、案外、閉じ込め劣悪な環境の中で大勢の人がひどい最後を遂げたのは事実だと思う。だが、民族絶滅計画にのっとってやったのか、という疑問と、虐殺された人の人数。相当、水増しされているのでは。
こっちも、段々に人数が増えている感じ。600万人も殺したら、世界のユダヤ人がいなくなるんじゃないのかなあ。それに遺体も跡形もなくするのは無理じゃないのかなあ。あの物のない時代に物のないドイツでそんな燃料がどこにあったのか、という子供心に感じた疑問…。
犠牲者は100万人くらいじゃないのかなあ。それでも恐ろしい数だし、ナチスがユダヤ人にやったことは許そうとは思わない。仕方がなかったなどとも思わない。
だが、いわゆるホロコーストには疑問が残るのよね。何か追って行くと幻のように証拠がなくなる。死体を処理したというガス室とか焼却炉も、とても、そんな大量殺戮をしたり、死体の大量処理ができるような装置にみえないんだよね。戦後の裁判で証言した人の言葉も追っていくと、立ち消えていくんだよね。
裁く側に立った者の有頂天…。
それも、人間事象としてみなければいけない。そして、子供のときに感じた素朴なわだかまりって、案外、確かなものだな、と詳しく知ってくるとわかってくるね。
本当のことが知りたい、という動機だけでも、ナチスが裁かれている罪は、全部本当か、と疑問をもつと、何かナチスに味方しているととられ、攻撃されて、本当のことがわからない。
沖縄は日本軍が見捨てた形になったことは事実でしょうし、日本軍にいた人も生き残った人は非常に少ないほど、悲惨だったことは事実だけど、住民を意図的に殺すということは、してないという言葉は、本当に思える。旧軍隊のことを聞いたり、読んだりすると、軍規というのは、現在、想像するより厳しいし、将兵たちは、やはり、日本人を守るために戦うという姿勢がある。
住民を殺したのでは、その動機が成り立たない。それが成り立たないと自分の命を捨てる覚悟はできないよ。
やはり、許しがたい不可抗力というのが、ありのままんの現実のような気がするし、信用できるね。住民を救えなかった軍隊も、悲惨な最後を遂げているのよ。
それが語るのは、どの立場からみても、戦争というのはいかに残酷で悲惨なものか、ということですよね。
人間に経験してはいけないことがあるとしたら、それは戦争…。やはり、真っ先に上がるね。敵も味方もないよ。戦争の悲惨さの前では…。
日本人が旧敵国のアメリカを暴き立てて対立しないのは、それを嫌というほど味わったからじゃないかな。
戦争の悪に比べたら、敵の悪など、多寡が知れているんだわ。
サヨの人って、それを知らないね。だから、反戦といっても、武力反対じゃない。あの人たちは、武力革命には賛成だものね。人の戦争はいけないけど、自分の戦争はいいのよ。
それに今頃、気付くなんて…。アホか。ノーベル賞もどっかアホやね。大江氏が受賞のときから、そう思ってきたけど。
日本人で貰うなら、本当は遠藤周作の方が先…。だが、彼の扱っているテーマが進みすぎているために、理解されるには、まだ、時間がかかるんだね。特に西欧の人間が、遠藤周作が提示しているテーマに気付かない、気付こうとしない。
西欧に侵される者の魂の解体と再生を語っているからね。
大江氏のテーマがちゃちに見えてきたんだけど…。時流に乗っていただけで。
これは メッセージ 209491 (ringo_rn2 さん)への返信です.