陶祖李参平公の碑文
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/07/24 02:32 投稿番号: [209460 / 232612]
日本に来たからこそこれだけ大事にされたのでしょうね。
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http://www.arita.or.jp/toso/risanpeihi.html碑
裏
面
の
撰
文
(現代文に訳す)
我々の陶祖李参平公(以下は公と記す)は、朝鮮忠清道金工の出身である。文禄元年(1592)豊臣秀吉公、文禄の役の時、肥前藩は従軍した。この時、公は、我が軍に非常に良く協力した。慶長元年(1596)、肥前藩祖の鍋島直茂公が帰陣の時、公を連れて帰り、帰化させた。その後、家臣の多久安順に面倒を任せた。公は金江の出身であったから「金ケ江」の姓を与え、小城郡多久村に住まわせ、磁器製造の技術を持っていた公は、陶業を始めたが、良い土が見つからなかった。元和年間(1615-24)松浦郡有田郷乱橋に来て、同地泉山で最良の磁石を発見した。同地白川に移住し、初めて純白の磁器製造を成功した。これは、正に我が国における白磁器製造の初めである。以来、その製法を継承して、今日の有田焼の繁栄に繋がっている。思うに、公は我が有田の陶祖であることは勿論のこと、我が国窯業界の大恩人である。現在、陶磁器関係に従事する人は、その恩恵に預かっている、その偉業をたたえここに仰ぎ祀る。
大正六年九月
従六位
千住武次郎撰
沢井如水書
(碑側面)
大正六年十月
これは メッセージ 209448 (coolytyan1 さん)への返信です.
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