公正を乞うが、食べ物は乞わない
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/07/23 20:38 投稿番号: [209375 / 232612]
お昼時に私たちが別の部屋に入ったところ、直訴者たちが車座になって食事をしていた。みんな手にカップラーメンのカップを持ち、中にはお湯で煮込んだだけの白菜が入っていた。直訴者の徐娟さんによると、部屋の家賃は拾ってきた廃品を売ったお金で払っており、付近の廃品は全てなくなってしまった。そこで仕方なく遠くまで出かけ、町の隅々からペットボトルを拾ってきてはお金に換える。だいたい4、5元になり、それを一日分の家賃に当てる。食べ物はというと、近くの野菜市場で店の人が捨てた野菜を拾ってくる。「鍋も拾ってきたもので、内装用のペンキの入れ物です。きれいに洗えば、煮物をするのに使えます。」
このような生活は、「上訪村」の中では一番いいほうである。廃品を拾う気力もない人は、線路脇の低い壁に木切れとビニールシートで作った小屋に住むしかない。両側を風が吹き抜ける中、そこで寒い冬を過ごすのである。彼らの小屋は、市の管理所に何度も潰され、そのたびに作り直すのである。
近くに住む村人の話によれば、去年の冬、ある老人が木切れを拾いに線路の向こう側に走って行ったところ、線路に躓いて倒れ、列車に両足を轢かれてしまった。彼らは、病院に行くお金もないので、病気になったら我慢するしかなく、運が悪ければ死ぬしかないのである。
それでも彼らは、食べ物を乞いに行くことは滅多にない。「わしたちは北京へ公正を乞いに来たのであって、食べ物を乞いに来たのではない。首都には外国人も多いから、わしたちは国のイメージを壊すわけにはいかない。」直訴者の鄒来順さんが真面目に語った。
粗末な小屋さえも建てられない人は、ビニールシートを身体に巻いて開陽橋の地下通路に寝るしかない。ここを通る人は、いつも鼻を押さえて急いで駆け抜ける。北風が地下通路を吹き抜けると、まるで氷貯蔵庫のように寒かった。大晦日の夜、私たちが食卓を囲んで「豊かさを享受」し、花火が町の夜空を明るく照らしている時、二つの命がこの通路で静かに消えていった。
これは メッセージ 209372 (hangyosyufu さん)への返信です.
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