北京直訴村の実態
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/07/23 20:28 投稿番号: [209371 / 232612]
直訴者の悲惨な生活
【大紀元日本7月23日】東荘という所は、北京で生まれ育った人でもほとんど誰も聞いたことのない場所である。別にそれほど辺鄙なところにあるわけではなく、第二環状と第三環状の間にあり、北は陶然亭公園に隣接し、市の中心部に位置する。
公園の東門を出た所に、全国人民代表大会直訴受付所と国務院信訪局(直訴受付局)がある。全国各地から北京へ直訴にやって来た人たちがこの一帯に集まり、一つの村を形成している。中国語では「上訪村」(直訴村)と呼ばれている。
ネット作家の楚望台氏、三日間この村を現地取材して、直訴者たちの悲惨な生活状況を明らかにした。記事は原作からの抜粋であり、タイトルを一部変えた。
直訴の道は不帰の道
2月28日、私たちは、直訴者たちの生活状況を伝えるドキュメンタリーを作ろうと、直訴村に入ったのだが、そこでの生活は私たちの想像をはるかに超え、劣悪で悲惨なものであった。
私たちがあるドアを軽くノックしたところ、誰かがドアの隙間から私たちをじっと観察していた。私たちがドアの隙間から身分証を手渡すと、しばらくしてやっとドアが開けられた。5〜6平方メートルしかない狭い部屋に20人余りが住んでいた。部屋には窓がなく、ぼろぼろの板で蚕棚が作られており、最上段はほとんど天井に届きそうであった。屋根瓦はすでに一部崩れ落ち、部屋の真ん中から空が見えた。
私たちがカメラを回すと、にわかに泣き声が起きた。直訴者たちは自分たちの冤罪を訴える資料を胸の前に掲げた。彼らはこのようなポーズをこれまで何度もとってきた。彼らは泣きながら訴えるのだが、地方なまりが強くてなかなか聞き取れない。ただ、彼らの悲しみと虚しさは言葉がなくても伝わってきた。
直訴者たちは法律の知識に乏しいという人がいるが、実際には、私たちがここで会った人はほとんどみんな法律の専門家とも言えるほどで、多くの人が『憲法』を暗記していた。ただ、こういった体制の下では彼らはどうすることもできない。
たとえ中央の直訴受付所が何らかの回答をしたとしても、それはただ単に「通行証」を出してボールを直訴者の出身地に蹴り返すだけである。地方政府が取り合ってくれなければ、彼らはまた仕方なく北京へ帰ってくる。この険しい直訴の道を、一年また一年と苦しみに耐えながら歩き続けるしかないのである。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/209371.html