「古川了子さんを救う千葉集会(3/3)
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/07/04 19:15 投稿番号: [207589 / 232612]
加瀬テル子さんの周辺にも失踪者がいる。公開されている人は伊藤克(まさる)さんである(昭和60年8月29日失踪。当時42歳)。旭市でメロンを生産していた伊藤さんは県のコンクールで金賞を受賞した有名なメロン農家だった。
加瀬さんは昭和37年に、伊藤さんは昭和60年に失踪している。2人とも生年は近い(加瀬さんが昭和20年生まれ、伊藤さんは昭和18年生まれ)。2人は血縁関係でもあるが当時2人の間に面識があったかどうかは調査中である。
県内の失踪者は他にもいる。鵜沢幹雄さんは昭和53年12月15日に御宿で失踪。当時24才だった。
忘年会の最中、酔い覚ましに仲居さんのサンダルを履いて海岸へ歩いて行ったのを同僚が見た。酔ってふらふらと歩いていた鵜沢さんを介抱するようにその附近にいた男を見たという証言もある。この介抱していた人物はいまだに分からない。
他にも特筆すべき事件が起きている。千葉県県西部で印刷関係の仕事をしていた人の失踪が多発している。千葉大は印刷業界の中では有名な大学で、千葉大卒業者にも失踪者はいる。
失踪者の経歴を調査したマスコミの分析によると失踪者の「印刷技術のレベル」が徐々に上がってきていることが分かる。初めは印刷職人が失踪し、最後に失踪した印刷技術者は千葉大で印刷を研究していた人である。
これは北朝鮮のよる紙幣偽造の過程と一致している。最初は出来も良くなかったが次第に精巧な偽ドル札を偽造している。高度技術を北朝鮮は持っていない。紙幣を作る技術が日本から持ち出されたのであろう。
千葉は非常に重要なポイントの一つであろう。千葉県内で失踪した人は15人いる。
千葉県と新潟港を利用している万景峰号の関係について紹介をしたい。
昭和50年代の万景峰号は横浜港や日立港にも出入りしていた。調べると妙な動きをしていたことが分かった。元山を出た万景峰号は九州を通らずに横浜へ寄港し、青森へと寄港している。日本一周の旅をしているようである。
千葉を基点とする大町ルートの富山方面の最終地点を富山湾に沿って西へ行くと伏木に着く。伏木は国際港であり万景峰号が何回も入港している。
伏木から車で10分程度離れたところで富山のアベック未遂事件が起きている(昭和52年の事件か?)。また伏木港では山田健治さんが失踪している(昭和54年12月18日に失踪。当時30才)。
伏木に万景峰号が入港するのだろうなぜか?日本一周するような航路を通るのはなぜか?
伏木の先にある七尾沖の海上に万景峰号が停泊していたこともあった。
万景峰号を救う会が帰れと主張しているが北朝鮮の貨物船も注意すべきだ。千葉港にも北の貨物船が入港している(古川了子さん、関谷俊子さんは千葉港のある千葉市内で失踪)。
今でも工作船が日本に入ってきている。
1つは2002年の島根県でのこと。
ダイバーが巨大イルカを目撃したとして事件になった。目撃者の話しを直接聞いたがイルカではない。20メートルくらいの、四角い大きな物体であったという。これは半潜水艇といって母船から下ろされて半分潜りながら着岸する船である。工作員を上陸、回収するために使用している。
もう1つは2000年のこと。
大町ルートの日本海側に出た地点に流れている糸魚川で魚雷型の潜水艇が姫川の河口に埋められていることが発見された。
拉致問題の全容はほとんど解明されていない。調査会でも一部分しか分かっていない。
拉致問題の解明の責任者は誰か?当然政府のしかるべき機関ということになるが、未だに拉致問題を専門に取り組む機関が存在しない。この拉致問題を全面解決まではいかなくても少なくとも政府認定の被害者の救出と、それから特定失踪者の方々の解明と救出に取り組むだけの、責任のある機関を作っていただきたい。
<因みに訴訟を起された政府の反応は>
_______________________________
政府、拉致認定訴訟で却下求める
政府は31日、1973年に千葉県市原市の自宅を出たまま失跡した古川了子さん(当時18)を北朝鮮による拉致被害者に認定するよう家族が国に求めている訴訟で、東京地裁に答弁書を提出した。拉致の可能性は排除しないものの、拉致被害者として認定するための証拠がそろっていないとして訴えの却下を求めた。 (23:01)
http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT1E3100R%2031052005&g=P3&d=20050531
加瀬さんは昭和37年に、伊藤さんは昭和60年に失踪している。2人とも生年は近い(加瀬さんが昭和20年生まれ、伊藤さんは昭和18年生まれ)。2人は血縁関係でもあるが当時2人の間に面識があったかどうかは調査中である。
県内の失踪者は他にもいる。鵜沢幹雄さんは昭和53年12月15日に御宿で失踪。当時24才だった。
忘年会の最中、酔い覚ましに仲居さんのサンダルを履いて海岸へ歩いて行ったのを同僚が見た。酔ってふらふらと歩いていた鵜沢さんを介抱するようにその附近にいた男を見たという証言もある。この介抱していた人物はいまだに分からない。
他にも特筆すべき事件が起きている。千葉県県西部で印刷関係の仕事をしていた人の失踪が多発している。千葉大は印刷業界の中では有名な大学で、千葉大卒業者にも失踪者はいる。
失踪者の経歴を調査したマスコミの分析によると失踪者の「印刷技術のレベル」が徐々に上がってきていることが分かる。初めは印刷職人が失踪し、最後に失踪した印刷技術者は千葉大で印刷を研究していた人である。
これは北朝鮮のよる紙幣偽造の過程と一致している。最初は出来も良くなかったが次第に精巧な偽ドル札を偽造している。高度技術を北朝鮮は持っていない。紙幣を作る技術が日本から持ち出されたのであろう。
千葉は非常に重要なポイントの一つであろう。千葉県内で失踪した人は15人いる。
千葉県と新潟港を利用している万景峰号の関係について紹介をしたい。
昭和50年代の万景峰号は横浜港や日立港にも出入りしていた。調べると妙な動きをしていたことが分かった。元山を出た万景峰号は九州を通らずに横浜へ寄港し、青森へと寄港している。日本一周の旅をしているようである。
千葉を基点とする大町ルートの富山方面の最終地点を富山湾に沿って西へ行くと伏木に着く。伏木は国際港であり万景峰号が何回も入港している。
伏木から車で10分程度離れたところで富山のアベック未遂事件が起きている(昭和52年の事件か?)。また伏木港では山田健治さんが失踪している(昭和54年12月18日に失踪。当時30才)。
伏木に万景峰号が入港するのだろうなぜか?日本一周するような航路を通るのはなぜか?
伏木の先にある七尾沖の海上に万景峰号が停泊していたこともあった。
万景峰号を救う会が帰れと主張しているが北朝鮮の貨物船も注意すべきだ。千葉港にも北の貨物船が入港している(古川了子さん、関谷俊子さんは千葉港のある千葉市内で失踪)。
今でも工作船が日本に入ってきている。
1つは2002年の島根県でのこと。
ダイバーが巨大イルカを目撃したとして事件になった。目撃者の話しを直接聞いたがイルカではない。20メートルくらいの、四角い大きな物体であったという。これは半潜水艇といって母船から下ろされて半分潜りながら着岸する船である。工作員を上陸、回収するために使用している。
もう1つは2000年のこと。
大町ルートの日本海側に出た地点に流れている糸魚川で魚雷型の潜水艇が姫川の河口に埋められていることが発見された。
拉致問題の全容はほとんど解明されていない。調査会でも一部分しか分かっていない。
拉致問題の解明の責任者は誰か?当然政府のしかるべき機関ということになるが、未だに拉致問題を専門に取り組む機関が存在しない。この拉致問題を全面解決まではいかなくても少なくとも政府認定の被害者の救出と、それから特定失踪者の方々の解明と救出に取り組むだけの、責任のある機関を作っていただきたい。
<因みに訴訟を起された政府の反応は>
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政府、拉致認定訴訟で却下求める
政府は31日、1973年に千葉県市原市の自宅を出たまま失跡した古川了子さん(当時18)を北朝鮮による拉致被害者に認定するよう家族が国に求めている訴訟で、東京地裁に答弁書を提出した。拉致の可能性は排除しないものの、拉致被害者として認定するための証拠がそろっていないとして訴えの却下を求めた。 (23:01)
http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT1E3100R%2031052005&g=P3&d=20050531
これは メッセージ 207588 (komash0427 さん)への返信です.