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若者たちに贈る「本当の東京裁判」(5)3/3

投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/06/23 02:00 投稿番号: [206978 / 232612]
  パル判事は、心情を吐露する。国際法の世界的権威は、忸怩たる思いでいっぱいだったに違いない。インド代表判事は、愛妻が待つ故国へ静かに帰って行った。



「天皇陛下バンザイ!」

  十二月二十三日、七人の絞首刑が執行された。まず、東條・土肥原・松井・武藤の四人。全員が、アメリカ軍の作業服姿。両手に手錠がかけられ、フンドシバンドで股まで縛りあげられた、屈辱的な格好である。マッカーサーの復讐の念は、土壇場まで続く。

  切腹までとはいわない。七人は、それぞれ死を享受しているのだ。武士道精神の血は流れている。しかし、人としての誇りに対する情けは、裁く側には微塵も見られなかった。

「プロシード」

  二十三日午前零時一分三十秒、処刑の責任者、フェルプス大佐が命令した。黒頭巾が、四人の顔をすっぽり隠す。彼らは、瞬時に落下し、くるくるまわった。

  続いて、板垣・広田・木村の三名が、十三階段をのぼる。零時二十分、プロシードが発せられ、同じく死へ向かって落下した。最後の木村大将が絶命したのは、零時三十五分。

  この日は、明仁皇太子(現・天皇)の誕生日である。A級戦犯二十八名が起訴された四月二十九日は、昭和天皇の誕生日、七名が絞首された十二月二十三日は、皇太子の誕生日。これが何を意味するか、諸氏の想像におまかせする。

  あろうことか、遺族のもとへは、遺体はおろか遺骨も灰さえ返っていない。夫の遺骨は日本の慣習と宗教によって葬らせていただきたい!   という遺族の切なる嘆願も、完全に無視される。裁く側には、耳がないうえ、血も涙も見当たらなかった。

  だが、不条理に炎を燃やす人もいる。小磯国昭主任弁護人、三文字正平らによる勇敢な遺骨奪取計画で、粉々にくだかれた七人の一部は、どうにか確保できた。厳重な警備がしかれた、横浜にある久保山火葬場からだ。見つかれば、銃殺の恐れもあった。まさに、命がけの勇気・義憤による。

  昭和三十五年八月十七日、愛知県幡豆町にある三ヶ根山の頂上に“殉国七士墓”の碑銘が建立された。三河湾を一望でき、右に知多半島、左に渥美半島を望む、まさしく絶景の場所である。

  東京裁判が落とした暗い影は、以後我が国の歴史・伝統・政治・教育・文化・社会情勢に、深い歪みをもたらした。


1、開   廷
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2002/ronbun/04-r1-1.html

2、裁判の目的
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2002/ronbun/04-r1-2.html

3、法廷の主役
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2002/ronbun/04-r1-3.html

4、第二部
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2002/ronbun/04-r1-4.html

松川雅好氏   昭和二十七年(一九五二年)、長崎県に生まれる。福岡県立香椎高等学校卒業後、明治大学政経学部に入学。在学中、代議士秘書に従事。その後、ダイレクト・セールスの世界で営業マネージャーを経験。現在、情報処理企業で採用および研修を担当。かたわら近現代史の研究に取り組んでいる。小説も書き、著作に『のぞみ』(WAVE出版)がある。メールアドレスは   www.2772@muh.biglobe.ne.jp
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