若者たちに贈る「本当の東京裁判」(5)1/3
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/06/23 01:56 投稿番号: [206976 / 232612]
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2002/ronbun/04-r1-5.html
若者たちに贈る「本当の東京裁判」(5)
−−あたかも裁判を傍聴しているかのような臨場感。
目からウロコの実録秘話
近現代史研究家 松川雅好
東京裁判の欺瞞性
しからば、少数派五人の判事は、どのような見解を示したのであろう。彼らの意見を、順次列挙してみることにする。
まず、フィリピンのデルフィン・ハラニーヨ判事。彼は、全員の絞首刑を主張し、判決文の作成に加わらなかった。
フランスのアンリー・ベルナール判事は、東京裁判そのもののあり方について論じる。多数派判事の見解は、マッカーサーの任命で当裁判所の判事になった以上、裁判所条例に示された法の拘束を受けるものであり、その効力を無視することはできないという。ベルナール判事は、反駁する。
「当裁判所は、その職務からいって、裁判所としての実体を規定しているところの合法性そのものを検討し、もしそれが起草者の権限を越えたものと認められる場合、その適用を拒否することができる」
彼は、明確に結論づけた。また、ベルナール判事は、ソ連が訴因としてあげた、張鼓峯事件・ノモンハン事件を痛烈に非難する。
「極東委員会は、もともとこのような種類の紛争を、訴追するなど考えてもいなかった、と断言できる」
彼は、ソ連を名指しでとがめた。ベルナール判事は、さらに論じる。東京裁判には予審もなく、起訴・不起訴の権限は検察側に握られ、裁判所には起訴を公正に指導する立場と機会が与えられなかったと。
オランダのバーナード・ローリング判事は、ベルナール判事同様、東京裁判所条例のあり方を批判。
「正義に基づいて、処罰を加えることを求められている国際裁判所が、まず、正義に基づく法規を適用しているかどうかを、自ら審査する義務も権利も与えられずに、単に戦勝国の最高司令官の定めた法規を、適用しなければならぬというような規則を確立するようなことがあるとすれば、当裁判所は、国際法のために、このうえない有害な働きをしたことになるだろう」
ローリング判事は指摘する。また、彼は軍隊の存在、軍人の立場についても、見解を述べた。
「単に、政府の政策を実行した軍人を、平和に対する罪で有罪と見なしてはならぬ。軍隊の義務は、忠誠であることである。名誉ある兵馬の職が、国家間の交際上必要なものである限り、この職業は政治に関与することを、強要されぬよう保護されねばならない。また、それが自己の本分内にとどまっている限り、戦争が敗北に終わったのちに、それに対して提起される訴追に対して、保護されねばならない」
加えて彼は、当裁判所で審理すべき対象は太平洋戦争に限られる、とも指摘。理由は、ポツダム宣言に“今次の戦争”とはっきり明記されている以上、ほかのものを取り扱う権限がないという。そのとおりである。清瀬弁護人の熱弁と一致する。
四人めのウエッブは、裁判長の立場から、多数派を支持せざるを得なかった。彼は、一判事の立場から、個人見解を披露する。
まず第一点、裁判所には、共同謀議を犯罪にする権限を有しない。これを犯罪と宣告するのは、裁判官による立法に等しい。
第二点、日本の被告に、より凶悪なナチス・ドイツ被告より、重罰を科すべきではない。どの被告も、侵略のための戦争を行おうとする、謀議・計画・準備・開始・遂行したことについて、死刑を宣告されるべきではない。また、刑は見せしめのために行うものだから、絞首刑や銃殺で早く命を断つよりも、日本国内で終身禁固にした方がよい。
第三点、天皇は、進言に基づいて行動するよりほかはなかったとしても、彼が適当と認めたからこそ、進言に基づいて行動したのではなかったか。いずれにせよ、大臣の進言に従って、国際法上の犯罪を犯したことに対して、立憲君主であろうと赦されるものではない。
第四点、本官は、天皇を訴追すべきだったと示唆するものではない。彼への免責は疑いもなく、連合国の最善の利益のために決定された。ただし、有罪と認定を受けた被告の量刑に当たり、正義が求める真理に従って、天皇の免責を考慮に入れねばならない。
オーストラリア国内法は、死刑を認めていない。ウエッブは、被告たちへの減刑進言の意味を含めて、慎重かつ遠まわしに見解を披露した。
若者たちに贈る「本当の東京裁判」(5)
−−あたかも裁判を傍聴しているかのような臨場感。
目からウロコの実録秘話
近現代史研究家 松川雅好
東京裁判の欺瞞性
しからば、少数派五人の判事は、どのような見解を示したのであろう。彼らの意見を、順次列挙してみることにする。
まず、フィリピンのデルフィン・ハラニーヨ判事。彼は、全員の絞首刑を主張し、判決文の作成に加わらなかった。
フランスのアンリー・ベルナール判事は、東京裁判そのもののあり方について論じる。多数派判事の見解は、マッカーサーの任命で当裁判所の判事になった以上、裁判所条例に示された法の拘束を受けるものであり、その効力を無視することはできないという。ベルナール判事は、反駁する。
「当裁判所は、その職務からいって、裁判所としての実体を規定しているところの合法性そのものを検討し、もしそれが起草者の権限を越えたものと認められる場合、その適用を拒否することができる」
彼は、明確に結論づけた。また、ベルナール判事は、ソ連が訴因としてあげた、張鼓峯事件・ノモンハン事件を痛烈に非難する。
「極東委員会は、もともとこのような種類の紛争を、訴追するなど考えてもいなかった、と断言できる」
彼は、ソ連を名指しでとがめた。ベルナール判事は、さらに論じる。東京裁判には予審もなく、起訴・不起訴の権限は検察側に握られ、裁判所には起訴を公正に指導する立場と機会が与えられなかったと。
オランダのバーナード・ローリング判事は、ベルナール判事同様、東京裁判所条例のあり方を批判。
「正義に基づいて、処罰を加えることを求められている国際裁判所が、まず、正義に基づく法規を適用しているかどうかを、自ら審査する義務も権利も与えられずに、単に戦勝国の最高司令官の定めた法規を、適用しなければならぬというような規則を確立するようなことがあるとすれば、当裁判所は、国際法のために、このうえない有害な働きをしたことになるだろう」
ローリング判事は指摘する。また、彼は軍隊の存在、軍人の立場についても、見解を述べた。
「単に、政府の政策を実行した軍人を、平和に対する罪で有罪と見なしてはならぬ。軍隊の義務は、忠誠であることである。名誉ある兵馬の職が、国家間の交際上必要なものである限り、この職業は政治に関与することを、強要されぬよう保護されねばならない。また、それが自己の本分内にとどまっている限り、戦争が敗北に終わったのちに、それに対して提起される訴追に対して、保護されねばならない」
加えて彼は、当裁判所で審理すべき対象は太平洋戦争に限られる、とも指摘。理由は、ポツダム宣言に“今次の戦争”とはっきり明記されている以上、ほかのものを取り扱う権限がないという。そのとおりである。清瀬弁護人の熱弁と一致する。
四人めのウエッブは、裁判長の立場から、多数派を支持せざるを得なかった。彼は、一判事の立場から、個人見解を披露する。
まず第一点、裁判所には、共同謀議を犯罪にする権限を有しない。これを犯罪と宣告するのは、裁判官による立法に等しい。
第二点、日本の被告に、より凶悪なナチス・ドイツ被告より、重罰を科すべきではない。どの被告も、侵略のための戦争を行おうとする、謀議・計画・準備・開始・遂行したことについて、死刑を宣告されるべきではない。また、刑は見せしめのために行うものだから、絞首刑や銃殺で早く命を断つよりも、日本国内で終身禁固にした方がよい。
第三点、天皇は、進言に基づいて行動するよりほかはなかったとしても、彼が適当と認めたからこそ、進言に基づいて行動したのではなかったか。いずれにせよ、大臣の進言に従って、国際法上の犯罪を犯したことに対して、立憲君主であろうと赦されるものではない。
第四点、本官は、天皇を訴追すべきだったと示唆するものではない。彼への免責は疑いもなく、連合国の最善の利益のために決定された。ただし、有罪と認定を受けた被告の量刑に当たり、正義が求める真理に従って、天皇の免責を考慮に入れねばならない。
オーストラリア国内法は、死刑を認めていない。ウエッブは、被告たちへの減刑進言の意味を含めて、慎重かつ遠まわしに見解を披露した。
これは メッセージ 206962 (hangyosyufu さん)への返信です.