「不敬」であるのは誰か?②
投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/05/26 20:46 投稿番号: [204661 / 232612]
この秦の主張が正しければ、天皇が靖国参拝を行わないのは、国内、諸外国の情勢に配慮した結果ではなく、ナショナリストであるが故、愚かな戦時指導者たちの罪と自らの責任の自覚故の自主的な決断であり、東京裁判史観批判派はそれを無視した「不敬」の徒、ということになる。天皇は靖国に参拝「出来ない」のではない。東京裁判史観批判派に反発して「しない」だけなのだ。
ちなみに現在、A級戦犯のような単なる「氏子」」を擁護し、神道における「最高祭司」たる天皇の決断を批判する、「不敬」の輩は確実に増加しつつある。小泉純一郎は参拝しないことを「死者にムチ打つ行為であり、日本人には馴染まない」として間接的批判を、石原慎太郎に至っては「天皇は参拝すべき」と直接的批判を行っている。「日本=天皇」という保守派の図式からすればなぜ、こういう人たちが「保守派」を名乗れるのか、名乗ることを許されているのか、僕には想像もつかないのだけれども。
(追記1)
ちなみに。平和主義で知られるクエーカー教徒でもあったエリザベス・バイニング女史の薫陶を受けて育った今上天皇に、靖国参拝を期待するのはさらに望み薄だと個人的には思うので、あの「米長邦雄」のように恥をかきたくなければ、保守派はこの問題については口をつぐんでいた方が利口なのではないか。まあ余計なお世話かもしれないが。
(追記2)
岡崎久彦「靖国参拝
「大戦」切り離しては?」について補足(「gachapinfanのスクラップブック」でもコメントさせて頂いたことだけど)。岡崎は「三木総理が私的参拝と言った結果、天皇参拝の公私の別が議論の対象となって、行けなくなってしまったのである。」と述べ、昭和天皇がA級戦犯合祀がきっかけで参拝を取り止めた、という説を「俗論」としている。結論から言えば、岡崎説こそ俗論のそしりを免れない、ということになる。
昭和天皇が三木の「私的参拝」の年以降参拝していないのは事実だ。が、昭和天皇が毎年参拝していたのなら「それ以降行かなくなった年に何があったのか」は問題になるだろうが、天皇の参拝は元々「数年毎」だった。従って「それ以降行かなくなった年」の話をいくら列挙しようが、殆んど意味は無い
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これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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