非現実な物語に組み込まれた社会批判
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2005/05/22 15:04 投稿番号: [204187 / 232612]
小説として面白いといえば、面白い。
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今週の本棚:沼野充義・評 『半島を出よ 上・下』=村上龍・著
(幻冬舎・上1890円、下1995円)
◇非現実な物語に組み込まれた社会批判
村上龍、渾身の新作書き下ろし長編小説は、全二巻、計九百ページを超える。登場人物も二百人近いのではないか。執筆には多くの協力者がいるようだが、取材や調査もはんぱなものではない。巻末に挙げられた参考文献も膨大なもので、「北朝鮮関連」「住基ネット・預金封鎖・対米関係・地政学」から火薬や建築設備、爬虫類など、じつに様々な分野におよぶ。そこまで「重装備」して村上龍が書きたかったのは、いったい何だったのか?
ストーリーの展開は鮮やかで、むしろ単純と言ってもいい。一言で言ってしまえば、近未来の日本を舞台にした、テロリズムのシミュレーション小説である。二〇一一年のこと、北朝鮮から極秘の使命を帯びた選りすぐりのコマンド(特殊戦部隊員)九名が福岡に潜入し、満場の観衆でにぎわう福岡ドームを占拠する。そして、その二時間後には飛行機で四八四名の特殊部隊が来襲、あっという間に福岡市の中心部を支配下に置いてしまう、というのが発端である。電光石火の早業に、日本政府はなすすべを知らない。しかも、さらに十二万もの軍勢が船でやってくるというのに、日本政府はそれを攻撃する決断さえできないのだ。
荒唐無稽な設定であることは間違いないだろう。小説に書き込まれた説明によれば、北朝鮮側はこの「高麗遠征軍」を反乱軍と偽装して国際的な批判をかわしながら、国内の強硬派を排除し、緊張の場を朝鮮半島から九州に移そうと企んでいることになっているが、そんな筋書きにもあまり現実味はない。むしろ、これは日本社会の危機をあぶりだすための、一種の仕掛けではないか、とも思える。
たしかに北朝鮮のテロリストが福岡を占拠した、というだけの話だったら、ハリウッドのB級娯楽映画にありがちな、テロリストの脅威を描いたアクションものとか、パニックものとさして変わらない。村上龍の小説は、そこに彼一流の社会批判を組み込み、近未来の日本社会の構図を描き出すとともに、超人的な訓練を受け身体を殺人兵器と化した「コマンド」の背景も探ることによって、より大きな社会的パノラマを提示しようとしている。そうして物語そのものが、じつに様々な視点から語られるのである。北朝鮮の人々の描き方は、おおむね類型的でテレビのワイドショーの次元を大きく超えるものではないが、ときおりはっとさせられるような人間的ひらめきもある。
『半島を出よ』で描かれる日本とは、経済の破綻から預金封鎖にまでいたり、都会には浮浪者があふれ、国際的な地位も失って、アメリカから見放され、世界の厄介者扱いされ、絶望した人々によって軍備拡張が声高に叫ばれている−−そんなどうしようもない国である。そして予想外の危機に対応する準備のまったくない政府は、武力で反撃するわけでもなく、交渉の姿勢を示すわけでもなく、テロの首都への波及を恐れて、さっさと九州を封鎖してしまう。危機に見舞われたとき、最優先事項を決めることもできず、何もできなくなってしまうという現代日本人のふがいなさは、政府要人のレベルでも、一般市民のレベルでも執拗に強調されており、この小説の中ではそのほうが北朝鮮の突飛な襲撃よりも不条理なものに感じられるほどだ。
たとえ北朝鮮のコマンドの占領下であっても、人は生活を続けなければならない。自分たちをさっさと切り離してしまった政府への反感もあって、福岡の人たちは驚いたことに、市役所も、警察も、商人も、高麗遠征軍に協力し始め、ついには「密告」者まで現れるまでになる。
そこで立ち上がったのがイシハラという人物の周りに集まった総勢二十名ばかりの「社会から見放された少年」たちだった。彼らは悲惨な家庭環境に育ち、おぞましい犯罪を過去に起こしたりしているのだが、その中には、爆弾製造のエキスパートであったり、有毒な小動物や昆虫に異常に詳しかったり、殺人ブーメランの名手であったり、と何かしら「一芸」を持った者も少なくない。何もしてくれない政府や自衛隊のかわりに、彼らが秘策を練って、手に汗握る死闘のすえ(このへんはハリウッド映画的な紋切り型のスリルだが)……いや、この先は、小説を読んでのお楽しみとしましょう。
(後略)
毎日新聞
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/news/20050522ddm015070103000c.html
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今週の本棚:沼野充義・評 『半島を出よ 上・下』=村上龍・著
(幻冬舎・上1890円、下1995円)
◇非現実な物語に組み込まれた社会批判
村上龍、渾身の新作書き下ろし長編小説は、全二巻、計九百ページを超える。登場人物も二百人近いのではないか。執筆には多くの協力者がいるようだが、取材や調査もはんぱなものではない。巻末に挙げられた参考文献も膨大なもので、「北朝鮮関連」「住基ネット・預金封鎖・対米関係・地政学」から火薬や建築設備、爬虫類など、じつに様々な分野におよぶ。そこまで「重装備」して村上龍が書きたかったのは、いったい何だったのか?
ストーリーの展開は鮮やかで、むしろ単純と言ってもいい。一言で言ってしまえば、近未来の日本を舞台にした、テロリズムのシミュレーション小説である。二〇一一年のこと、北朝鮮から極秘の使命を帯びた選りすぐりのコマンド(特殊戦部隊員)九名が福岡に潜入し、満場の観衆でにぎわう福岡ドームを占拠する。そして、その二時間後には飛行機で四八四名の特殊部隊が来襲、あっという間に福岡市の中心部を支配下に置いてしまう、というのが発端である。電光石火の早業に、日本政府はなすすべを知らない。しかも、さらに十二万もの軍勢が船でやってくるというのに、日本政府はそれを攻撃する決断さえできないのだ。
荒唐無稽な設定であることは間違いないだろう。小説に書き込まれた説明によれば、北朝鮮側はこの「高麗遠征軍」を反乱軍と偽装して国際的な批判をかわしながら、国内の強硬派を排除し、緊張の場を朝鮮半島から九州に移そうと企んでいることになっているが、そんな筋書きにもあまり現実味はない。むしろ、これは日本社会の危機をあぶりだすための、一種の仕掛けではないか、とも思える。
たしかに北朝鮮のテロリストが福岡を占拠した、というだけの話だったら、ハリウッドのB級娯楽映画にありがちな、テロリストの脅威を描いたアクションものとか、パニックものとさして変わらない。村上龍の小説は、そこに彼一流の社会批判を組み込み、近未来の日本社会の構図を描き出すとともに、超人的な訓練を受け身体を殺人兵器と化した「コマンド」の背景も探ることによって、より大きな社会的パノラマを提示しようとしている。そうして物語そのものが、じつに様々な視点から語られるのである。北朝鮮の人々の描き方は、おおむね類型的でテレビのワイドショーの次元を大きく超えるものではないが、ときおりはっとさせられるような人間的ひらめきもある。
『半島を出よ』で描かれる日本とは、経済の破綻から預金封鎖にまでいたり、都会には浮浪者があふれ、国際的な地位も失って、アメリカから見放され、世界の厄介者扱いされ、絶望した人々によって軍備拡張が声高に叫ばれている−−そんなどうしようもない国である。そして予想外の危機に対応する準備のまったくない政府は、武力で反撃するわけでもなく、交渉の姿勢を示すわけでもなく、テロの首都への波及を恐れて、さっさと九州を封鎖してしまう。危機に見舞われたとき、最優先事項を決めることもできず、何もできなくなってしまうという現代日本人のふがいなさは、政府要人のレベルでも、一般市民のレベルでも執拗に強調されており、この小説の中ではそのほうが北朝鮮の突飛な襲撃よりも不条理なものに感じられるほどだ。
たとえ北朝鮮のコマンドの占領下であっても、人は生活を続けなければならない。自分たちをさっさと切り離してしまった政府への反感もあって、福岡の人たちは驚いたことに、市役所も、警察も、商人も、高麗遠征軍に協力し始め、ついには「密告」者まで現れるまでになる。
そこで立ち上がったのがイシハラという人物の周りに集まった総勢二十名ばかりの「社会から見放された少年」たちだった。彼らは悲惨な家庭環境に育ち、おぞましい犯罪を過去に起こしたりしているのだが、その中には、爆弾製造のエキスパートであったり、有毒な小動物や昆虫に異常に詳しかったり、殺人ブーメランの名手であったり、と何かしら「一芸」を持った者も少なくない。何もしてくれない政府や自衛隊のかわりに、彼らが秘策を練って、手に汗握る死闘のすえ(このへんはハリウッド映画的な紋切り型のスリルだが)……いや、この先は、小説を読んでのお楽しみとしましょう。
(後略)
毎日新聞
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/dokusho/news/20050522ddm015070103000c.html
これは メッセージ 200735 (sofiansky2003 さん)への返信です.