「東洋のアウシュビッツ」
投稿者: kuecoe 投稿日時: 2005/05/22 03:01 投稿番号: [204154 / 232612]
http://www.people.ne.jp/2005/05/11/jp20050511_49951.html
旧日本軍が残した捕虜収容所を記念館に
瀋陽市
遼寧省瀋陽市の工作機械メーカー・中捷友誼廠の敷地内には、古い建物が数棟残されている。床はぼろぼろで、廊下は狭く、窓も小さい。
これらの建物は、旧日本軍が第2次世界大戦中に設置した捕虜収容所で、研究者は「東洋のアウシュビッツ」とも呼ぶ。かつては米国人、英国人、オランダ人、オーストラリア人の捕虜合わせて2千人余りが収容されていた。現在、後世の人が犠牲者を慰霊するための記念館建設に向け、大規模な修繕工事が行われている。(編集NK)
写真(右):当時の捕虜が収容所で撮影した写真
「人民網日本語版」2005年5月11日
アウシュビッツの意味を知らないで捏造するからこういうことになるのかな。
たぶん、これみたらユダヤ人は怒るだろうね。
しかし、捕虜の皆さん笑顔で栄養状態もよろしいようで。
なんとか、米、英、蘭、豪を引き寄せようと必死ですね。日本政府も黙っていてはいけませんね。ウソは、徹底的に暴かないと、第2、第3の南京が産まれます。
ちなみに、
「たしかに、自分達は日本軍の捕虜になっている間、過酷な取り扱いは受けた。だが、それを監督する日本の兵隊達も別に贅沢な事をしていたわけではなく、同じように腹を空かせて、同じようにマラリアに苦しんでいた。それなのに、なぜ彼らは死刑にならなければならなかったのか。彼らは死刑になるほど悪いことはしていない。」
戦後、ビルマ派遣軍の元英軍捕虜の言葉です(彼らを監督していたBC級戦犯の死刑を知って)。この英軍元捕虜達は、日本兵がこのように戦犯として処刑されていたことを知らなかったのです。それを知ったのは1990年のこと。従ってこれまでは、英国における反日の急先鋒を担っていました。
これを知った彼らは、来日したときに靖国に参拝し、処刑された日本兵の慰霊をしたとのことです。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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