核問題への関与⑦
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/03/20 09:02 投稿番号: [193758 / 232612]
結局、論争の焦点となったのは二つの疑惑施設である。IAEAは米国の衛星写真を基に、これを承認されていない核廃棄物だと認定していた。92年12月下旬、ブリクスは「訪問」を申請した。その施設の性格を明らかにし、検証を行うためである。93年1月、北朝鮮政府は「担当官の訪問を査察に転じさせるわけにはいかない」と回答し、核とかかわりのない軍事施設の査察は、北朝鮮の「最高利益を損なう恐れがある」と述べた。これは明らかにNPTの免責事項に触れた言及だった。この条項は、「最高国家利益」を損なうのを避けるため加盟国がこの条約から脱退することを認めている。テレックスでブリクスはまた「朝鮮半島の政治・軍事情勢に対する全面的配慮」を求められた。
これにこたえてブリクスはウィーンで北朝鮮代表と合い、「特別査察」の要求もあり得るとはじめて明言した。「特別査察」とは、当該国の反対を押し切って申告されていない活動を査察することである。イラクの場合を除き、IAEAは以前にこうした査察要求をしていない。一方、国連安全保障理事会は、IAEAの査察要求が無視されたなら、懲罰措置をとることもあり得ると宣言した。核拡散は国際平和と安全の脅威を及ぼすというのが、その理由である。こうして北朝鮮は、核拡散に反対する熱心な国際的な合意が試される初めてのケースとなった。この合意はそもそもイラクの核計画が見つかったころから盛り上ったのだった。
北朝鮮への要求を検討する2月のIAEA理事会を準備する中で、ブリクスは米国に衛星写真の開示を認めるよう求めた。IAEAが二つの疑惑施設の査察を要求したのは、この写真が核心になっているからだ。ブリクスやスタッフは、ビックリするほど高画質処理された写真を見ていた。しかし、CIAは理事会でこの写真を開示するのには気乗り薄だった。理事会には、リビア、シリア、アルジェリアなど左派系第三世界諸国の当局者ばかりか、北朝鮮代表も出席するからである。
ワシントンのCIA当局は、最初写真の公表を拒否した。しかし、国務省からの緊急要請にこたえて、まもなく引退するロバート・ゲイツCIA長官が担当官を説き伏せた。30年前にU2偵察機がキューバ上空で撮った情報写真が、キューバ・ミサイル危機のさなか、ケネディ政権によって国連安全保障理事会で公表され、世界を驚かせたことがある。この間、軌道衛星と高解像カメラはさらに驚くべき進歩を遂げ、地上のどんな点でも米国の探索射程に入るようになった。CIAはその優れた能力を表に出したくなかったが、80年代初めにはチャド問題で、80年代後半にはイラン・イラク戦争で、そして91年から92年にかけてのイラクによるクウェート侵略で、それぞれ取扱注意の情報写真が安保理に開示されたことをゲイツは承知していた。ゲイツはこう回想する。「私にとっては、国際機関とイメージを共有するという考えは、新しくて過激な踏み込みというわけではなかった。ところが役所の方はそう思っていなかったようだ」
――1993年2月22日――
寧辺の施設と偽装工作を捉えた10数枚ほどの衛星写真が、IAEA理事会の秘密会議に提出された。その衝撃はとてつもなく大きかった。北朝鮮の首席、ユン・ホジンは、写真は偽物だと非難したが、最初から疑惑を抱いていた理事会は、これは間違いないという印象を受けた。2月25日の会議終了時に、理事会は北朝鮮に、論議の的になっている二つの施設に対する特別査察を「直ちに」認めるよう要求した。中国の要請に譲歩して、理事会は北朝鮮に1ヶ月の猶予期間を与えた。ただし、もし北朝鮮が応じなければ、理事会は安保理に問題を送付し、国際的制裁などの措置をとるよう求めることにした。
このときには、IAEAと北朝鮮の双方の信用性と国際的立場が真剣に問われるようになっていた。ごまかしの証拠があるのに、IAEAが査察を求める国際的な支持をしっかり得られなければ、改編強化されたばかりの権威は失墜し、イラク後の核兵器拡散を抑える活動は決定的に行き詰まってだろう。北朝鮮の側は、これが押しつけがましい査察の第一弾の口火になることを恐れていた。そして北朝鮮から見れば、その糸を引いているのは敵方の米情報当局だったのである。
(続く)
これにこたえてブリクスはウィーンで北朝鮮代表と合い、「特別査察」の要求もあり得るとはじめて明言した。「特別査察」とは、当該国の反対を押し切って申告されていない活動を査察することである。イラクの場合を除き、IAEAは以前にこうした査察要求をしていない。一方、国連安全保障理事会は、IAEAの査察要求が無視されたなら、懲罰措置をとることもあり得ると宣言した。核拡散は国際平和と安全の脅威を及ぼすというのが、その理由である。こうして北朝鮮は、核拡散に反対する熱心な国際的な合意が試される初めてのケースとなった。この合意はそもそもイラクの核計画が見つかったころから盛り上ったのだった。
北朝鮮への要求を検討する2月のIAEA理事会を準備する中で、ブリクスは米国に衛星写真の開示を認めるよう求めた。IAEAが二つの疑惑施設の査察を要求したのは、この写真が核心になっているからだ。ブリクスやスタッフは、ビックリするほど高画質処理された写真を見ていた。しかし、CIAは理事会でこの写真を開示するのには気乗り薄だった。理事会には、リビア、シリア、アルジェリアなど左派系第三世界諸国の当局者ばかりか、北朝鮮代表も出席するからである。
ワシントンのCIA当局は、最初写真の公表を拒否した。しかし、国務省からの緊急要請にこたえて、まもなく引退するロバート・ゲイツCIA長官が担当官を説き伏せた。30年前にU2偵察機がキューバ上空で撮った情報写真が、キューバ・ミサイル危機のさなか、ケネディ政権によって国連安全保障理事会で公表され、世界を驚かせたことがある。この間、軌道衛星と高解像カメラはさらに驚くべき進歩を遂げ、地上のどんな点でも米国の探索射程に入るようになった。CIAはその優れた能力を表に出したくなかったが、80年代初めにはチャド問題で、80年代後半にはイラン・イラク戦争で、そして91年から92年にかけてのイラクによるクウェート侵略で、それぞれ取扱注意の情報写真が安保理に開示されたことをゲイツは承知していた。ゲイツはこう回想する。「私にとっては、国際機関とイメージを共有するという考えは、新しくて過激な踏み込みというわけではなかった。ところが役所の方はそう思っていなかったようだ」
――1993年2月22日――
寧辺の施設と偽装工作を捉えた10数枚ほどの衛星写真が、IAEA理事会の秘密会議に提出された。その衝撃はとてつもなく大きかった。北朝鮮の首席、ユン・ホジンは、写真は偽物だと非難したが、最初から疑惑を抱いていた理事会は、これは間違いないという印象を受けた。2月25日の会議終了時に、理事会は北朝鮮に、論議の的になっている二つの施設に対する特別査察を「直ちに」認めるよう要求した。中国の要請に譲歩して、理事会は北朝鮮に1ヶ月の猶予期間を与えた。ただし、もし北朝鮮が応じなければ、理事会は安保理に問題を送付し、国際的制裁などの措置をとるよう求めることにした。
このときには、IAEAと北朝鮮の双方の信用性と国際的立場が真剣に問われるようになっていた。ごまかしの証拠があるのに、IAEAが査察を求める国際的な支持をしっかり得られなければ、改編強化されたばかりの権威は失墜し、イラク後の核兵器拡散を抑える活動は決定的に行き詰まってだろう。北朝鮮の側は、これが押しつけがましい査察の第一弾の口火になることを恐れていた。そして北朝鮮から見れば、その糸を引いているのは敵方の米情報当局だったのである。
(続く)
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