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見過ごせぬ「人権擁護法案」の下心 2/3

投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/03/15 09:16 投稿番号: [192192 / 232612]
≪「平和」と同様の意味堕落≫

  「平和」も同様である。それは戦火終熄直後の最初のうちは確かに美しく、甘美な響きを帯びた詞だつた。だがやがて、所謂(いはゆる)冷戦が深刻な様相を呈し始めた頃のことであらう、人々はこの詞が、ただ相手を好戦的だと決めつけることによつて自らの道徳的優位をかち得ようとする政治的戦術用語として口にされてゐるにすぎない、といふ実態を眼にする様になつた。今では、凡(おおよ)そ口に平和を唱へる者こそが実はいかがはしい底意を秘めてゐるに違ひないと思はれる程に、この詞は「意味堕落」を遂げてしまつた。

  「人権」もやがて同じ様な堕落を遂げるであらう、いや醒(さ)めた者の眼には既に遂げてしまつた空語なのだが、現在のところはまだこの語の魔術にとりつかれた法務官僚の妄想を動かすほどの引力を持つてはゐるらしいのである。

  そこでこの法案の推進者達はこの語に途轍(とてつ)もない神聖不可侵の意味を吹き籠(こ)めて使はうとする。先ず「人権侵害」はその昔の大逆罪にも匹敵する、弁解不能の罪なのだ、との観念連合の形成に努め、次の一歩として「人権」と「侵害」とに、自分達の反国家闘争の武器として如何様にも使ひ得る様な幅の広い意味をこめておく。それがこの法案の文言の裏にある下心である。

  その各種の表現に具体的に接してみると、現行教育基本法第一〇条〔教育行政〕の冒頭〈教育は、不当な支配に服することなく…〉の発揮した呪術を直ちに思ひ出す。

  〈不当な支配〉とはいつたいどの様な事か。現実には、この条文を武器として秩序の規制に挑戦を企(たくら)む教員組合が、それを〈不当〉だと叫ぶことによつて全ての規制や指示を〈不当な支配〉と決めつけ、教育の現場は屡々日教組の政治闘争の場と化した。

  「人権擁護法」が成立した場合、此と同様の事態が予想される。個人のどの様な恣意(しい)的権利主張や欲求表示であらうと、それに「人権」の名を冠しさへすれば「擁護」の対象となり、そのための公的な組織が行動を起すといふことになる。「侵害」の定義はあり得るのか。所謂「差別」と同様で、受けた処遇を「侵害」であり「差別」であると感じた者がそれを声高に言ひ立てれば、即ちそこに「侵害」も「差別」も成立することにならざるを得まい。

  かう見てくれば、この異常な法案の上程を企む一派の思想的背景も透けて見えてくる。それは凡そ世に恨みを懐く者、自己の不満を他人に転嫁して鬱憤(うっぷん)をはらさうとする者、被害を口実にして他者への攻撃を公の手に依頼しようとする者等々、健康な市民的常識を以てしては想像困難な、社会の底流に伏在する怨恨感情の正当化であり、その攻撃的情念を敢へて表層化させ賦活せんとの企みである。
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