小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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非武装で中国の侵略に抵抗するとどうなるか

投稿者: PAS_MAL 投稿日時: 2002/11/07 11:48 投稿番号: [18390 / 232612]
以下はチベットからの亡命者の証言である。
http://www.lung-ta.org/testimony/sonamdolka.html

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私がダライ・ラマ法王の独立問題に関する講演テープを所持していたことは知っているようでした。テープを貸した僧侶が拷問に耐えきれず、私の名前を言ってしまったようでした。

  警察はいつも4人でした。彼らはまず私を椅子に縛りつけると、電気棒でショックを与え続けました。気を失うまで電流を流し続け、気を失うと水を頭から浴びせました。幾度も幾度も繰り返されました。亡命政府との関係、政治組織のメンバーの名前、彼らは無理やり白状させようとしましたが、私はどんなことをされても決して話しませんでした。
 
  尋問は、二日に一回行われました。尋問室に呼び出されると、4人の男の警官に囲まれ、朝から晩まで休むこと無く、尋問が続きました。本当に長い長い時間でした。彼らは私を裸にすると、椅子に縛り付け、殴る蹴るの挙句、電気棒でショックを与え続けました。30分もの間、電流が流され続けることもよくありました。髪の毛が逆立ち、肉が裂けてしまうのではないかと感じる程、引っぱられるのです。そして、胃にあるものを全部戻してしまい、血を吐き、鼻血が止まらなくなるのです。朦朧としてくる意識の中で、さらに辛いことが何度も行われました。彼らは、電気棒を性器の中に面白そうに突っ込み、私を凌辱したのです。
 
   私が何も言わないのを知ると、彼らは私を地下牢に閉じ込めました。立つのがやっとのその独房には、全くの闇以外は何もありませんでした。体をようやく横にすることが出来るだけのスペースとトイレ用に掘られた溝があるだけで、窓もベッドも寝具も何もありませんでした。食事は一日に二度だけ、上から小さなパンが放り込まれるだけでした。それでも、一日置きに尋問室へ呼び出されました。いつも、突然の外の光に目が眩み、ふらふらする足取りで、追い立てられながらやっとの思いで辿り付いていました。私は、ただダライ・ラマ法王に祈り続けるばかりでした。きっと、必ずダライ・ラマ法王が救って下さるに違いない。それだけが頼みで、そして私を生かせつづけていました。
  四七日間、無窓の独房に入れられた後、元の部屋に戻されましたが、窓があるというだけで何ら地下牢と変わり無いものでした。
 
  半年以上も拘留が続くと私は、精神的にも肉体的にも限界に近い状態になってしまいました。九ヵ月後には、もう歩けませんでした。裁判が行われましたが、それが何月だったかはっきり思い出せません。懲役十年の判決を受けました。私は抱えられたまま、裁判官からの判決を受け、そのまま刑務所に戻されました。弁護士も傍聴人も裁判所にはいませんでした。
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