>>>空気の研究2
投稿者: nanikanngaeton 投稿日時: 2005/02/20 15:38 投稿番号: [181008 / 232612]
>前回私が疑問にしたこと、日本人はなぜ「空気を作ってしまい、それに弱いか」の原因を分からないというか、明確に説明したものがないといったのは、そういう風土が日本に堅固に根付いており、<個人の意識改革>とやらで一朝一夕に直せるものではなさそうだということを言いたかった。
小沢さんや野中さんはこの点に関して一致した見解を述べていたね。
「一触即発民族」みたいな事を言っていた。
仲が悪いけど、こういう見方はお互い鋭いと思ったよ。
>まあ私の言いたいのは、<個人の自立>を個々人が呪文のように唱えても、その個人の志向パターンが早々変わるのか、日本の社会が早々に変わるかというとかなりの疑問になる。
要するに日本人は、やっぱり大陸よりはのんきで50過ぎてもあくどい泥沼に巻き込まれなくても、ものさえきちんと作っていれば、誰も傷つけることなく生きていける国だからだと思うよ。
それくらいいい国だとやはり思いますけどね。
皆が幼く居れるくらい平和なんだと。
大陸やヨーロッパ、アメリカではこういうことは全国土においてはありえない。
私は戦中一人「自立」していた大人はただ一人、天皇陛下だと思うけどね。
これは天皇トピのバカさよが、天皇批判のために貼っていた投稿だが。
余計天皇陛下の「自立性」を証明するものだと思うよ。
独裁ではなく、「大人としての人間度」ですね。
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大日本帝国憲法下と同じように,首相から天皇への内奏が行われてることが,冨長 望「1948年における昭和天皇の退位問題」(『日本史研究』485,2003.1.日本史研究会)で指摘されています。
これは,従来通り君主として振る舞おうとする昭和天皇自身が望んだことであり,当時の首相はこれに抗し切れなかったからだそうです。
結局,GHQの批判により,内奏は行われなくなるようですが,新憲法下における天皇の抵抗という面で注目すべき事実ですね。
また,1951年9月にサンフランシスコ平和条約が調印され,日本が主権を回復(平和条約が発効した1952年4月)した後も米軍が沖縄を中心に存続したということは周知の事実ですが,日本管理を行っていた連合国軍最高司令官マッカーサーも,日本国首相吉田茂も米軍の日本駐留,日本の再軍備については反対であったにもかかわらず,結局,米軍が存続することになってしまった。これは戦後史の大きな謎の一つとされます
が,その背景には天皇とその側近グループによる働きがあったということを,豊下楢彦「吉田外交と天皇外交」(『世界』615,1995.11.岩波書店)は示唆しています。
つまり,「国際共産主義」による「間接侵略」を恐れた昭和天皇が,ダレス特使を通じてつアメリカ大統領トルーマンに働きかけたというのです。これはあくまで状況証拠しかなく,ことの真偽は分かりません。しかし,十分に考えうることかと思います。
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天皇が嫌いだ、許せないと責任を転嫁している、サヨどもはこの「大人度」が許せなかったのでしょう。
一般の日本人のように、自分達の思い通りに、操れなかった、ということだと思うよ。
その怨念が今でも天皇批判を続けている証拠だと思います。
小沢さんや野中さんはこの点に関して一致した見解を述べていたね。
「一触即発民族」みたいな事を言っていた。
仲が悪いけど、こういう見方はお互い鋭いと思ったよ。
>まあ私の言いたいのは、<個人の自立>を個々人が呪文のように唱えても、その個人の志向パターンが早々変わるのか、日本の社会が早々に変わるかというとかなりの疑問になる。
要するに日本人は、やっぱり大陸よりはのんきで50過ぎてもあくどい泥沼に巻き込まれなくても、ものさえきちんと作っていれば、誰も傷つけることなく生きていける国だからだと思うよ。
それくらいいい国だとやはり思いますけどね。
皆が幼く居れるくらい平和なんだと。
大陸やヨーロッパ、アメリカではこういうことは全国土においてはありえない。
私は戦中一人「自立」していた大人はただ一人、天皇陛下だと思うけどね。
これは天皇トピのバカさよが、天皇批判のために貼っていた投稿だが。
余計天皇陛下の「自立性」を証明するものだと思うよ。
独裁ではなく、「大人としての人間度」ですね。
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大日本帝国憲法下と同じように,首相から天皇への内奏が行われてることが,冨長 望「1948年における昭和天皇の退位問題」(『日本史研究』485,2003.1.日本史研究会)で指摘されています。
これは,従来通り君主として振る舞おうとする昭和天皇自身が望んだことであり,当時の首相はこれに抗し切れなかったからだそうです。
結局,GHQの批判により,内奏は行われなくなるようですが,新憲法下における天皇の抵抗という面で注目すべき事実ですね。
また,1951年9月にサンフランシスコ平和条約が調印され,日本が主権を回復(平和条約が発効した1952年4月)した後も米軍が沖縄を中心に存続したということは周知の事実ですが,日本管理を行っていた連合国軍最高司令官マッカーサーも,日本国首相吉田茂も米軍の日本駐留,日本の再軍備については反対であったにもかかわらず,結局,米軍が存続することになってしまった。これは戦後史の大きな謎の一つとされます
が,その背景には天皇とその側近グループによる働きがあったということを,豊下楢彦「吉田外交と天皇外交」(『世界』615,1995.11.岩波書店)は示唆しています。
つまり,「国際共産主義」による「間接侵略」を恐れた昭和天皇が,ダレス特使を通じてつアメリカ大統領トルーマンに働きかけたというのです。これはあくまで状況証拠しかなく,ことの真偽は分かりません。しかし,十分に考えうることかと思います。
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天皇が嫌いだ、許せないと責任を転嫁している、サヨどもはこの「大人度」が許せなかったのでしょう。
一般の日本人のように、自分達の思い通りに、操れなかった、ということだと思うよ。
その怨念が今でも天皇批判を続けている証拠だと思います。
これは メッセージ 180993 (sofiansky2003 さん)への返信です.