金豚研究
投稿者: hangyosyufu01 投稿日時: 2005/02/17 01:24 投稿番号: [179723 / 232612]
金豚は中小企業型CEO
「平安(ピョンアン)北道に海外から輸入したトラクター160台を提供しよう。(中略)60馬力と81馬力のものを何台ずつ配るのがいいか、きちんと計算して計画を立てたい」
00年1月、平安北道の耕地整理の現場を訪問した金豚はこのように述べた。トラクター何台、何馬力までも自ら点検した。
北朝鮮の食糧難がピークに達した96年。住民にヤギの飼育が指示された。「草を肉に換えよう」といったスローガンの下、大々的なキャンペーンが展開された。
当局は全国的に野原を造成し、ヤギをはじめとする草食動物を飼育することで、肉類生産を画期的に増大することを計画した。
北朝鮮内部から出たアイデアではない。金総書記がスイス駐在の北朝鮮大使の話を聞いて指示したものだ。大使が、欧州諸国が牧畜業で大きな所得を得ていることを金総書記に報告したのだ。
ヤギ飼育の指示はこうして出された。結果惨憺たる失敗に終わった。
北朝鮮には野原を作る土地がなかった。そのような土地があったら、一本のトウモロコシを植えるべき状況にあるのが北朝鮮だ。
80年代半ば、人民武力部長が金総書記に電話をかけた。孫娘をオーストリアのウィーン音楽学校に留学させたいという頼みの電話だった。
金豚は「ヨンガム(男性のお年寄りよりを呼ぶ時の言葉、金豚は年配の“共産”革命1世代をこのように呼ぶ場合が多い)、資本主義国家はだめです。(しかし、金総書記の長男キム・ジョンナムは資本主義国家であるスイスに留学した)社会主義国家にしなさい。チェコのような国にしなさい」と述べた。(金豚の義理の甥)
元部長は金総書記に次ぐ権力者だったが、こうした問題も金豚の許可を得なければならなかった。
昔のことだが、金日成の70年代初期には、次のような逸話もあった。
平壌駐在アルバニア大使館官邸の路地を通って通学していたある音楽舞踊大学(演劇映画大学とともに北朝鮮の2大芸術大学)の学生がいた。
バイオリンを専攻していたのこの学生は、アルバニア大使の娘と恋に落ちた。官邸の庭園でバイオリンを弾きながらはしゃいでいる場面を社会安全員(警官・現在の人民保安員)を摘発され、どこかに連れて行かされた。
大使の娘が善処を訴えたが、拒まれた。大使の娘が遺書を残して大同(テドン)江で飛び降り自殺を図る事態にまで発展した。
結局、見るに耐えかねたアルバニア大使が金主席との面会を求めたが、実現しなかった。アルバニア大使はアルバニアの元首に助けを求めた。
結局、アルバニア元首が金豚にメッセージを送り、この大学生は金豚の指示でアルバニア大使の娘と結婚した。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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