04 3/10 西村眞悟氏講演会(5)
投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/02/16 14:05 投稿番号: [179487 / 232612]
*撮影したビデオカメラより文字化しました。
(・・は聞き取り不能)
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=100&no=8
続き
昭和52年9月の時点で30日がポイントだと、私が警察官でこれを不作為による日本人拉致の責任を日本政府の当局者に問うために立件するとなれば、昭和52年9月30日がポイントです。知るべきにもかかわらず知ることが出来ず・・と時は経過して日本人が拉致されるにまかせたのです。
このときにもう一つ象徴的な事件がありました。9月29日にダッカハイジャック事件において日本政府がハイジャック犯人に屈服した日であります。つまりダッカにおける日航機ハイジャック犯人の・・凶悪犯罪者を刑務所から釈放して600万ドルの持参金をつけて正真正銘の日本人のパスポートを持たせて、ダッカの・・に送り届けたのです。国際社会において日本はテロに屈服したのです。
しかし日本人に知られないテロが進行している、政府は知っている、そこでも屈服した、つまり日本人拉致問題に屈服したということであります。この内閣は福田内閣であります。内閣総理大臣秘書官は現官房長官であります。
それともうひとつ今まで国民のことについて申し上げましたが、国家を成り立たせる物的基礎は国民の領土です。領土では何が起こっているかといえば申し上げますと、妙なことが起こっています。
この昭和52年〜53年にかけて、その数年前に東シナ海で埋蔵石油が発見されたという報告を受けてから中国は・・。尖閣諸島は中国の領土であると言い張り、そして150隻の舳先に機関銃らを付けた武装漁船がですね、尖閣諸島周辺に現れました。わが領海を侵犯しながら「ここは中国の海である。この島は中国の島である。」という・・・。もちろん日本政府は腰を抜かしどうすればいいのかわからない状態だったのです。
そこに現れたのが訒小平中国副主席であります。これはその時の日中平和友好条約調印式のために日本に来ていました。そして彼は言うわけです、「これは子孫に解決を任せようではないか、我々の世代は棚に上げようではないか」とこう言ったのです。そして腰を抜かしていた福田内閣は「棚に上げようと、天下の訒小平さんが言ってくれた」のでそれに直ちに飛びついのであります。何の抗議もせず日中平和友好条約の調印に入ったのです。調印は北京でやっておりますけれども・・・ということです。
さてこれが過去、どういう結果につながったのかはご承知の通りです。言うべきことを言うべき時に言わねば将来に大きな禍根を残すといういい見本であります。
訒小平さんは日本に来て中国に帰って直ちに棚から下ろした、日本はそれから10年20年まだ棚に上がっていると思っている。常に棚から下ろして海洋調査活動を頻繁に行なっているものと、未だ棚の上にあるものと思っているものの差が領土に関してこれから出てきます。
さて、同じ内閣の時にダッカハイジャック、日本人拉致、尖閣をハイジャックするような重大事件が3つも起こっていたということをご記憶の上、それでも今の内閣よりもまだマシだということ、今の日本人よりまだマシだということはご記憶に留めておいて下さい。
つまり福田内閣は昭和53年8月12日に北京で日中平和友好条約を調印したのです。この3日後の8月15日福田内閣総理大臣は靖国神社に参拝しています。そして2ヵ月後の10月17日、中国が今騒いでいるところの東条英機氏他A級戦犯は靖国神社に合祀されています。そしてその5日後の10月22日、訒小平国家主席は日本に来て福田総理大臣と会談して、日本が自衛隊を増強するのは当たり前だと、ソビエト・・・が存在する以上、日米安全保障条約は堅持されるのは当たり前の公約だと、中国はその時に靖国神社の「や」の字も出さなかったのです。A級戦犯の「A」の字も出さなかったのです。こういうことをどうかご記憶に留めていただきたいです。
今、靖国神社問題が大騒ぎになっています。日本政府は、また小泉さんも言い訳をしております。言い訳する必要など全然無いのです!(声を荒げて)中国には、その時その時の国家の戦略としてそれに対応すればいいだけの話です。
さてまた脇道に反れた話しですが、これが我が国の不作為の本質です。何故我が国は北朝鮮の日本人拉致に対して何も言わないのか、これは私の推測によると、靖国問題と同じなのです。つまり日本が朝鮮半島に悪いことをしたんだという贖罪、それとともにこれが今本音で重要なのです。
続く
(・・は聞き取り不能)
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=100&no=8
続き
昭和52年9月の時点で30日がポイントだと、私が警察官でこれを不作為による日本人拉致の責任を日本政府の当局者に問うために立件するとなれば、昭和52年9月30日がポイントです。知るべきにもかかわらず知ることが出来ず・・と時は経過して日本人が拉致されるにまかせたのです。
このときにもう一つ象徴的な事件がありました。9月29日にダッカハイジャック事件において日本政府がハイジャック犯人に屈服した日であります。つまりダッカにおける日航機ハイジャック犯人の・・凶悪犯罪者を刑務所から釈放して600万ドルの持参金をつけて正真正銘の日本人のパスポートを持たせて、ダッカの・・に送り届けたのです。国際社会において日本はテロに屈服したのです。
しかし日本人に知られないテロが進行している、政府は知っている、そこでも屈服した、つまり日本人拉致問題に屈服したということであります。この内閣は福田内閣であります。内閣総理大臣秘書官は現官房長官であります。
それともうひとつ今まで国民のことについて申し上げましたが、国家を成り立たせる物的基礎は国民の領土です。領土では何が起こっているかといえば申し上げますと、妙なことが起こっています。
この昭和52年〜53年にかけて、その数年前に東シナ海で埋蔵石油が発見されたという報告を受けてから中国は・・。尖閣諸島は中国の領土であると言い張り、そして150隻の舳先に機関銃らを付けた武装漁船がですね、尖閣諸島周辺に現れました。わが領海を侵犯しながら「ここは中国の海である。この島は中国の島である。」という・・・。もちろん日本政府は腰を抜かしどうすればいいのかわからない状態だったのです。
そこに現れたのが訒小平中国副主席であります。これはその時の日中平和友好条約調印式のために日本に来ていました。そして彼は言うわけです、「これは子孫に解決を任せようではないか、我々の世代は棚に上げようではないか」とこう言ったのです。そして腰を抜かしていた福田内閣は「棚に上げようと、天下の訒小平さんが言ってくれた」のでそれに直ちに飛びついのであります。何の抗議もせず日中平和友好条約の調印に入ったのです。調印は北京でやっておりますけれども・・・ということです。
さてこれが過去、どういう結果につながったのかはご承知の通りです。言うべきことを言うべき時に言わねば将来に大きな禍根を残すといういい見本であります。
訒小平さんは日本に来て中国に帰って直ちに棚から下ろした、日本はそれから10年20年まだ棚に上がっていると思っている。常に棚から下ろして海洋調査活動を頻繁に行なっているものと、未だ棚の上にあるものと思っているものの差が領土に関してこれから出てきます。
さて、同じ内閣の時にダッカハイジャック、日本人拉致、尖閣をハイジャックするような重大事件が3つも起こっていたということをご記憶の上、それでも今の内閣よりもまだマシだということ、今の日本人よりまだマシだということはご記憶に留めておいて下さい。
つまり福田内閣は昭和53年8月12日に北京で日中平和友好条約を調印したのです。この3日後の8月15日福田内閣総理大臣は靖国神社に参拝しています。そして2ヵ月後の10月17日、中国が今騒いでいるところの東条英機氏他A級戦犯は靖国神社に合祀されています。そしてその5日後の10月22日、訒小平国家主席は日本に来て福田総理大臣と会談して、日本が自衛隊を増強するのは当たり前だと、ソビエト・・・が存在する以上、日米安全保障条約は堅持されるのは当たり前の公約だと、中国はその時に靖国神社の「や」の字も出さなかったのです。A級戦犯の「A」の字も出さなかったのです。こういうことをどうかご記憶に留めていただきたいです。
今、靖国神社問題が大騒ぎになっています。日本政府は、また小泉さんも言い訳をしております。言い訳する必要など全然無いのです!(声を荒げて)中国には、その時その時の国家の戦略としてそれに対応すればいいだけの話です。
さてまた脇道に反れた話しですが、これが我が国の不作為の本質です。何故我が国は北朝鮮の日本人拉致に対して何も言わないのか、これは私の推測によると、靖国問題と同じなのです。つまり日本が朝鮮半島に悪いことをしたんだという贖罪、それとともにこれが今本音で重要なのです。
続く
これは メッセージ 179484 (aoinomama13 さん)への返信です.