『日本は生まれ変わった』 2
投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2005/02/15 22:36 投稿番号: [179258 / 232612]
「正邪曲直を正す」
農水省も変わった。アメリカに牛の全頭検査をせよといって、もうずいぶんのあいだ頑張っている。それを「画期的である」と書く新聞ほないが、テレビを見ている主婦たちは、日本の変化に気づいている。アメリカからアン・べネマンという女性の農務長官が圧力をかけに日本に来て、テレビで「アメリカでは牛肉の消費ほ落ちていないから日本人も食え」といった。
これで、日本人がアメリカになびくだろうか。昔なら少しは効果があったかもしれないが、いまは「日本は日本です」といって突っぱねている。
テレビというのは恐ろしいもので、交渉に来た人物の品性や人柄を見る側に伝えてしまう。いまは誰でもCNNが見られる時代だから、喋っている言葉よりも、仕草や表情を見て「本心からそう思っていない」「日本人を馬鹿にしている」ということに気づく。
アメリカに対するそうした感情は、この十年で日本人の胸のうちに山ほど溜まってきた。「アメリカ人が食べているから」という程度の理由では賛成できない。「頑張れ、日本農水省」となるのは当然である。
もう一例を挙げると、いままでアメリカ人が日本で働くと、給料から日本の年金支払い分を引かれていた。「二、三年たったら本国に帰ってしまうのに、損ではないか」と文句をいっていたが、二〇〇四年から日本でもアメリカでも、お互いに年金支払い期間を通算するようになった。これも日本の得である。私の友人で、フランスで長く働いた人ほフランス政府から年金をもらっているが、これからはアメリカで働いた人ももらえるようになる。
海上保安庁もとっくに変わっている。たとえば、以前は北朝鮮の工作船を「国籍不明の不審船」といっていたが、いまはどのマスコミも「北の工作船」と呼んでいる。
しかしこの間、法律的に何かが変わったわけではない。北朝鮮が「不審船」を自国船と認めたわけでも、日本政府が断定したわけでもない。
ともあれ、これは海上保安庁の功績である。昔の海上保安庁は、領海内に工作船を見つけても、威嚇射撃をするだけで、いつも逃げられていた。あるいは逃がしていた。ある如関係者は「船体に当たらないように撃つのが難しかった」といっていた。
二〇〇一年十二月の工作船事件でついに射撃命令が出たが、ただし沈没しないように触先に当てよ、だった。日本の自動照準装置は世界一だから、向こうは追い詰められた挙げ句、自爆して沈んでしまった。
そのときの模様を暗号傍受していた人がいて、北朝鮮の工作船が逃亡中、EEZ(排他的経済水域)ラインの西側には中国の漁船団がいたという。工作船はそこへ逃げ込めば助かると思ったのだろう。ところが、中国の漁船団は見る見る遠ざかってしまった。日本が決然と追跡するのを見て、中国もかばいきれなくなったらしい。絶望して本国に対応を聞くと、「自爆せよ」という返電だったという。
そこで日本国民が分かったのは、「日本が決然として行動すれば、外国は引く」ことである。北朝鮮は自爆して証拠隠滅し、その後は工作船を寄越さなくなった。
先日、塩川正十郎さん(元財務大臣)は「今年は富山県と石川県で蟹がよく獲れるそうだ」と話されていた。もちろん密漁船が来なくなったからで、これも海上保安庁が闘ったおかげである。以前は、蟹が獲れる場所にブイを立て、蟹が大きくなるまで獲らないよう申し合わせをしていると、いよいよ獲ろうというとき密漁船に横取りされた。領海をきちんと守れば得があり、遠慮しても一文の得もないことが分かった。
また、中国産のホウレン草は残留農薬が多いので、次第に日本では売れなくなった。中国から抗議が来たが、政府も国民の不買行動までは止められない。日本のスーパーでは「中国・山東半島産」と書いてあった野菜が、店頭から消えてしまった。
さらに北京のイトーヨーカ堂へ行ったら、「日本産」と表示した野菜が売られていたという。穏やかではあるが、日本人は「日中友好」より「国家の利益」を選びはじめている。
こうした時々刻々の変化が、われわれの身近で積み重なっている。日本には消費力や輸入力という強力で穏和なパワーがある。北朝鮮に対してもマツタケとアサリを買わないというテポドンに優るパワーがある。そのうえ自衛隊のイラク派遣で軍事力も見せたので、世界は「日本には失礼しすぎた」と思いはじめた。
とのようにいま日本では「威信体面を守る」「正邪曲直を正す」という風が吹いている。いままでは外国の顔を見て遠慮していたが、次第に「目に余るではないか」と思うようになった。
それを分かっていないアメリカや中国は、昔どおりに高飛車な要求をしたが埒が明かず、困っている。アメリカや中国こそ「日本は変わった」と思っているはずである。
農水省も変わった。アメリカに牛の全頭検査をせよといって、もうずいぶんのあいだ頑張っている。それを「画期的である」と書く新聞ほないが、テレビを見ている主婦たちは、日本の変化に気づいている。アメリカからアン・べネマンという女性の農務長官が圧力をかけに日本に来て、テレビで「アメリカでは牛肉の消費ほ落ちていないから日本人も食え」といった。
これで、日本人がアメリカになびくだろうか。昔なら少しは効果があったかもしれないが、いまは「日本は日本です」といって突っぱねている。
テレビというのは恐ろしいもので、交渉に来た人物の品性や人柄を見る側に伝えてしまう。いまは誰でもCNNが見られる時代だから、喋っている言葉よりも、仕草や表情を見て「本心からそう思っていない」「日本人を馬鹿にしている」ということに気づく。
アメリカに対するそうした感情は、この十年で日本人の胸のうちに山ほど溜まってきた。「アメリカ人が食べているから」という程度の理由では賛成できない。「頑張れ、日本農水省」となるのは当然である。
もう一例を挙げると、いままでアメリカ人が日本で働くと、給料から日本の年金支払い分を引かれていた。「二、三年たったら本国に帰ってしまうのに、損ではないか」と文句をいっていたが、二〇〇四年から日本でもアメリカでも、お互いに年金支払い期間を通算するようになった。これも日本の得である。私の友人で、フランスで長く働いた人ほフランス政府から年金をもらっているが、これからはアメリカで働いた人ももらえるようになる。
海上保安庁もとっくに変わっている。たとえば、以前は北朝鮮の工作船を「国籍不明の不審船」といっていたが、いまはどのマスコミも「北の工作船」と呼んでいる。
しかしこの間、法律的に何かが変わったわけではない。北朝鮮が「不審船」を自国船と認めたわけでも、日本政府が断定したわけでもない。
ともあれ、これは海上保安庁の功績である。昔の海上保安庁は、領海内に工作船を見つけても、威嚇射撃をするだけで、いつも逃げられていた。あるいは逃がしていた。ある如関係者は「船体に当たらないように撃つのが難しかった」といっていた。
二〇〇一年十二月の工作船事件でついに射撃命令が出たが、ただし沈没しないように触先に当てよ、だった。日本の自動照準装置は世界一だから、向こうは追い詰められた挙げ句、自爆して沈んでしまった。
そのときの模様を暗号傍受していた人がいて、北朝鮮の工作船が逃亡中、EEZ(排他的経済水域)ラインの西側には中国の漁船団がいたという。工作船はそこへ逃げ込めば助かると思ったのだろう。ところが、中国の漁船団は見る見る遠ざかってしまった。日本が決然と追跡するのを見て、中国もかばいきれなくなったらしい。絶望して本国に対応を聞くと、「自爆せよ」という返電だったという。
そこで日本国民が分かったのは、「日本が決然として行動すれば、外国は引く」ことである。北朝鮮は自爆して証拠隠滅し、その後は工作船を寄越さなくなった。
先日、塩川正十郎さん(元財務大臣)は「今年は富山県と石川県で蟹がよく獲れるそうだ」と話されていた。もちろん密漁船が来なくなったからで、これも海上保安庁が闘ったおかげである。以前は、蟹が獲れる場所にブイを立て、蟹が大きくなるまで獲らないよう申し合わせをしていると、いよいよ獲ろうというとき密漁船に横取りされた。領海をきちんと守れば得があり、遠慮しても一文の得もないことが分かった。
また、中国産のホウレン草は残留農薬が多いので、次第に日本では売れなくなった。中国から抗議が来たが、政府も国民の不買行動までは止められない。日本のスーパーでは「中国・山東半島産」と書いてあった野菜が、店頭から消えてしまった。
さらに北京のイトーヨーカ堂へ行ったら、「日本産」と表示した野菜が売られていたという。穏やかではあるが、日本人は「日中友好」より「国家の利益」を選びはじめている。
こうした時々刻々の変化が、われわれの身近で積み重なっている。日本には消費力や輸入力という強力で穏和なパワーがある。北朝鮮に対してもマツタケとアサリを買わないというテポドンに優るパワーがある。そのうえ自衛隊のイラク派遣で軍事力も見せたので、世界は「日本には失礼しすぎた」と思いはじめた。
とのようにいま日本では「威信体面を守る」「正邪曲直を正す」という風が吹いている。いままでは外国の顔を見て遠慮していたが、次第に「目に余るではないか」と思うようになった。
それを分かっていないアメリカや中国は、昔どおりに高飛車な要求をしたが埒が明かず、困っている。アメリカや中国こそ「日本は変わった」と思っているはずである。
これは メッセージ 179255 (mutekinozerosen さん)への返信です.