『日本は生まれ変わった』
投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2005/02/15 22:33 投稿番号: [179255 / 232612]
主婦と帰国子女が生み出した「男性的な日本」の潮流
日下公人(東京財団会長)
Voice March,2005 68
日本は生まれ変わった
昨年十二月、日台の学者や政治家を招いて「日台シンポジウム」が台北で開かれた。そこで聴衆から「日本外交は弱腰だ。台湾に対して冷たい」と批判があった。これに対して私は、「この一年ですでに日本は生まれ変わりました。来年の日本外交を見てください」と答えた。
その場にいる日本人を含む出席者は怪訝な表情をして私の顔を覗き込んだので、そこから感じたのは、「ここにいる人たちは、普通の日本国民の感覚を知らない」ということである。私はぺつに預言者ではないが、ここ半年の社会の変化を普通に見て「計本は生まれ変わった」と思っている。
まず、海外諸国に対する国民の意識が変わった。「北朝鮮を制裁せよ」という世論の盛り上がりなどがそうで、慎重な小泉首相の背中を押している。
その国民に後押しされて、外務省だけでなく農林水産省や財務省、厚生労働省なども変わってきた。海外に対して「闘う」ようになった。
すでに起こった変化を挙げると、たとえば二〇〇四年七月一日に、日米租税条約が改正・実施された。 内容は「日本企業がアメリカで出した日本資本に対する配当にアメリカは税金を免除するが、同様に日本でも日本国内のアメリカ企業に税金をかけない」である。見掛けは対等だが、アメリカにいる日本企業のほうが数は多く、名だたるメーカーはこぞってアメリカに進出しているから、差し引きの徴税額では日本が得をするようになった。
私の知人に、大武健一郎さんという「税金一筋」の人がいる。大蔵省へ入ったのち、主税局長を経て現在、国税庁長官を務めている。彼は三十年間、アメリカと税制の問題で闘った経験から、あの国がお金の損得で譲歩するとは、昔なら想像もつかなかったことだという。
これは、自衛隊のおかげである。自衛隊がインド洋とサマーワに行ったので、ワシントンの政府関係者は「日本は兵力を使うようになった。日本は大事な友人だ」と考えるようにもなった。
日本人は奥ゆかしいので、サマーワへ自衛隊を出したときも「武力を見せる」とはいわず、派遣目的には「人道支援」と「復興援助」を掲げた。しかし欧米人は日本を一人前のパワーと認めて、日米租税条約の改正にも応ずるようになつた。
こうした光景を見ていると、私は明治政府が不平等条約の改正で苦労した時代を思い出す。たとえば関税自主権の回復が可能になったのは、日本が富国強兵を行なったからである。
まず国内の法律と裁判所を整備して「文明力」をアピールし、最後に軍事力を見せると、列強は条約改正を呑んでくれた。軍事力をもって初めて言葉に責任のとれる大人だと認められると気づいたのが、明治四十四年の日本外交の経験であった。
軍事力を見せることの影響はそれほど大きい、ということを知って、われわれ日本人は「それほど欧米人はパワーの信奉者だ→たのか」と驚くが、先方にとっては当然のことである。
日下公人(東京財団会長)
Voice March,2005 68
日本は生まれ変わった
昨年十二月、日台の学者や政治家を招いて「日台シンポジウム」が台北で開かれた。そこで聴衆から「日本外交は弱腰だ。台湾に対して冷たい」と批判があった。これに対して私は、「この一年ですでに日本は生まれ変わりました。来年の日本外交を見てください」と答えた。
その場にいる日本人を含む出席者は怪訝な表情をして私の顔を覗き込んだので、そこから感じたのは、「ここにいる人たちは、普通の日本国民の感覚を知らない」ということである。私はぺつに預言者ではないが、ここ半年の社会の変化を普通に見て「計本は生まれ変わった」と思っている。
まず、海外諸国に対する国民の意識が変わった。「北朝鮮を制裁せよ」という世論の盛り上がりなどがそうで、慎重な小泉首相の背中を押している。
その国民に後押しされて、外務省だけでなく農林水産省や財務省、厚生労働省なども変わってきた。海外に対して「闘う」ようになった。
すでに起こった変化を挙げると、たとえば二〇〇四年七月一日に、日米租税条約が改正・実施された。 内容は「日本企業がアメリカで出した日本資本に対する配当にアメリカは税金を免除するが、同様に日本でも日本国内のアメリカ企業に税金をかけない」である。見掛けは対等だが、アメリカにいる日本企業のほうが数は多く、名だたるメーカーはこぞってアメリカに進出しているから、差し引きの徴税額では日本が得をするようになった。
私の知人に、大武健一郎さんという「税金一筋」の人がいる。大蔵省へ入ったのち、主税局長を経て現在、国税庁長官を務めている。彼は三十年間、アメリカと税制の問題で闘った経験から、あの国がお金の損得で譲歩するとは、昔なら想像もつかなかったことだという。
これは、自衛隊のおかげである。自衛隊がインド洋とサマーワに行ったので、ワシントンの政府関係者は「日本は兵力を使うようになった。日本は大事な友人だ」と考えるようにもなった。
日本人は奥ゆかしいので、サマーワへ自衛隊を出したときも「武力を見せる」とはいわず、派遣目的には「人道支援」と「復興援助」を掲げた。しかし欧米人は日本を一人前のパワーと認めて、日米租税条約の改正にも応ずるようになつた。
こうした光景を見ていると、私は明治政府が不平等条約の改正で苦労した時代を思い出す。たとえば関税自主権の回復が可能になったのは、日本が富国強兵を行なったからである。
まず国内の法律と裁判所を整備して「文明力」をアピールし、最後に軍事力を見せると、列強は条約改正を呑んでくれた。軍事力をもって初めて言葉に責任のとれる大人だと認められると気づいたのが、明治四十四年の日本外交の経験であった。
軍事力を見せることの影響はそれほど大きい、ということを知って、われわれ日本人は「それほど欧米人はパワーの信奉者だ→たのか」と驚くが、先方にとっては当然のことである。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.