ジュンイチロウとジョンイルの思惑③
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/02/11 22:13 投稿番号: [177636 / 232612]
小泉・金会談直前の2002年8月、宣言案をめぐる大詰めの交渉が続いていた時、外務省の竹内行夫事務次官は補償か経済協力かについて「日朝どちらが先におりるか、チキンゲームだ」と思い詰め、田中均氏に「日韓方式しかない。補償をにおわす表現が宣言に残るようなら、首相訪朝がなくなってもかまわない」とはっぱをかけた。北朝鮮が経済協力方式をのんだことを「コペルニクス的転回」と評した外交官もいたという(『読売新聞』2004年11月26日付)。
日本側にとっては、それほど重大な進展だった。
もちろん日本側は事前折衝では拉致問題も追及し、平壌宣言に「拉致」という言葉を入れるよう執拗に求めた。しかし、北朝鮮は応じず、結局、宣言文は「日本国国民の生命と安全に関わる懸案問題」との表現にとどまった。
その代わりに金総書記が首脳会談の席上、「遺憾なことであり、おわびしたい」と発言することで合意したという(同前)。宣言での拉致への触れ方が弱い分、最高指導者の口頭表明で補う。
明らかにこの時、日本は拉致よりも過去の清算を優先し、妥協したのだった。
これを踏まえると、小泉首相が平壌宣言にこだわり、経済制裁に及び腰である理由が浮かぶ。
田中均氏ら外交チームは、国交正常化実現のためには過去の清算こそが最大の
関門と見て、経済協力方式の実現に総力をあげる戦略に立って秘密接触を続けた。
そして北朝鮮による経済協力受け入れはヤマ場を越えたと判断し、拉致追及は弱め
た。小泉首相は了承し、そのレールに乗って、勝利を信じて平譲に乗り込んでいった――。
周知の通り、その自信は北朝鮮側が会談直前に放った「生存者5人、死亡者8人」という衝撃的なリストで一瞬のうちに崩れ去る。
この時こそ金総書記に対し、平壌宣言の原文の見直し、「拉致」と「謝罪の言葉」を入れるよう迫る最後のチャンスだった。
しかし、小泉首相は事前の合意通り、金総書記の口頭謝罪を受け入れ、宣言にあっさり署名してしまった。決定的なミスだった。
小泉首相にすれば、ニセ遺骨で平壌宣言の土台が崩れたことを認めることは、自分のミスを認め外交成果を自己否定することになってしまう。
小泉首相は、こう踏んでいるのではないか。過去の清算は経済協力というレールが敷かれているから、拉致が少しずつ前進して交渉が始まりさえすれば、一気にゴールに到達できる。2回も訪朝して作り上げた国交正常化という作品を、制裁で台なしにするわけにはいかない―。
そうだとすれば、経済協力方式という「成果」を獲得したが故に、それに搦めとられ、柔軟な対応が取れなくなっていると言わざるをえない。平譲宣言に「呪縛」されているということだ。
続く)
これは メッセージ 177419 (komash0427 さん)への返信です.
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