そこは日本にやってもらいたい
投稿者: hangyosyufu01 投稿日時: 2005/02/07 15:04 投稿番号: [176018 / 232612]
また、あくまでイラク人が自分で復興するのを支援するのだ、という方針は、学校や公共施設の復旧活動でも貫かれた。一つには、なるべく現地の業者を使うことで、現地の雇用を創出して、深刻な失業率に歯止めをかけるためだ。
この点は他国の部隊や支援機関も同様だったが、彼らが業者にほとんど「丸投げ」するのが多かったのに対し、自衛隊はプロセスを大事にした。佐藤一佐はこう語る。
例えば、学校の修復であれば、学校長、部族長、評議会などが横並びでいろんな意見を言いますが、それを統轄する人がいない。
そこで、我々は一つ一つのニーズを拾い上げながら、ひざを付き合わして話し合いを続け、それぞれのイニシアティブを尊重しながら、青写真にまとめ、関係各位に合意をとってから、詳細設計に入り、見積もりを作って、業者を募集し、選ぶという手順を踏みました。・・・
初めから丸投げしたほうが楽なのですが、我々は6月に予定されていた主権移譲後のあり方というものも視野に入れていましたので、このような過程を丁寧にすることも大切な復興支援の一つだと考えたのです。
実際、イラクの人たちの信頼は厚くなり、「そこは日本にやってもらいたい」という要望がどんどん増えていきました。そして、主権移譲後は、他の国の部隊やNGOも日本のやり方に近づいています。[2]
こうした活動で、小学生からも「学校修復のおかげで、きれいな教室で勉強できる」と言ってもらえると、疲れも吹き飛んだという。[1]
これは メッセージ 176013 (hangyosyufu01 さん)への返信です.
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