小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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>国際条約まで認めないという韓国

投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2005/01/18 20:22 投稿番号: [171157 / 232612]
歴史的には宗主国の支那が元祖で「革命外交」と称するようです。


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[扶桑社版 新しい歴史教科書 から抜粋]


【ワシントン会議】
  1921年には,海軍軍縮問題を討議するためワシントン会議が開かれ,日本,イギリス,フランス,イタリア,中国,オランダ,ポルトガル,ベルギー,そしてアメリカの9か国が集まった。この会議で,米英日の主力艦の保有率は,5・5・3と決められた。また,中国の領土保全,門戸開放が九か国条約として成文化された。青島(チンタオ)の中国返還も決まり,同時に20年間続いた日英同盟が廃棄された。

  主力艦の相互削減は,アメリカやイギリスのように広大な支配地域をもたない日本にとっては,むしろ有利であったともいえる。しかし,日英同盟の破棄はイギリスも望まず,アメリカの強い意志によるもので,日本の未来に暗い影を投げかけた。



【協調外交の行き詰まり】
  大正末から昭和のはじめにかけて,議会で多数を占めた政党による政党内閣の政治が定着していた。このころ,2期にわたって外務大臣をつとめた幣原喜重郎は,英米と協力してワシントン体制を守り,中国のナショナリズムにも同情をもって対応する協調外交を推進した。

  1927年,南京でおこった外国人襲撃事件でも,日本は中国に対してもっとも寛大な態度をとった。これに対し日本国内では,幣原の外交を軟弱外交として批判する声が強くなった。

  一方,中国政府は,1928年,日本を含めた各国との不平等条約の無効を一方的に通告できるとする方針をかかげ,これを革命外交と称した。日本は,九か国条約の保証人の立場にあったアメリカに,国民党政権は不当だと訴えたが,アメリカ政府はこれに十分に応えなかった。このため日本では軍部を中心に,国際協調の精神では中国に対処するのは難しいと考える人も出てきた。
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