小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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実尾島部隊小隊長インタビュー⑥

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/01/08 00:01 投稿番号: [169284 / 232612]
▲どんな部隊であろうが撃破する自信があった=離脱した訓練兵を処刑したことに対し、キム・イテさんは「後日、生じ得る法的問題のようなものは考えなかった」という。「そのような状況ではなかった」というのだ。

「軍の刑法を学ぶには学びました。しかし、任務が最優先でした。国のためなら…。大きな目的のためなら…。(しばらく躊躇いを見せた後)任務を完遂することが私にとって最も重要なことでした」

キムさんは任務を強調した。自分の任務は「最強部隊を作り上げることだった」というキムさんは、訓練兵の戦闘力に対し、すかさず「最高」と答えた。「これ位なら大丈夫だと思いました。この世のどこに行ったとしても、海兵隊であろうが特攻隊であろうが、どんな部隊が相手でも撃破する自信がありました」

また、「このような最強部隊をこのまま腐らすわけにはいかなかった」とし、「彼らをベトナム戦争に派遣するよう上部に進言したこともある」とした。「初めは『訓練兵を連れて北朝鮮に渡り、任務を完遂してくる』と言いました。ところが、受け入れられませんでした。」

「そこで、訓練兵をベトナムに送ってくれるよう頼みました。ところが、それも受け入れられませんでした。部隊の存在は機密でした。そこで『だったらこれら訓練兵を(正式な軍人として)任官させてほしい』と進言しました。しかし、それも(ため息)受け入れられませんでした」

キム・イテさんは「そこで、これ以上の方法はないと思いました。奴らをこのままにしておけば、必ず事故を起こすに違いないと思いました。3年以上、本能を抑圧し、生きて来た者たちです。カモメであれ何であれ、見えるものは手当たり次第に殺していたような状況でした」

「夜になって真っ暗になると、訓練兵の動向を把握するのは簡単なことではありませんでした。これ以上の方法がありませんでした。『ならば皆殺さなければならない』と進言しました。私が直接殺すと報告しました。しかし、それも受け入れられませんでした。実尾島事件が勃発する前、私は落下傘部隊の訓練のために移動しました。そして、2カ月後に事故が発生しました」
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