実尾島部隊小隊長インタビュー④
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/01/07 23:49 投稿番号: [169282 / 232612]
「(ため息の後)機関兵の中には特殊訓練を受け、北朝鮮に侵入し、無事戻って来た者もいます。しかし、その多くは基本訓練だけしか受けていませんでした。よって訓練兵たちに舐められていたかもしれません。しかし、小隊長がそのような行為を容認するわけにはいきませんでした。また、どこかで新たな事故が発生するかもしれないからです」
「今もその時のことを思うと胸が痛む」というキムさんは、再び沈黙した。キムさんはしばらく後、再び話しを始めたものの、声色は暗かった。「人生において、そのようなことを1度でも経験するということは…。(ため息)海辺を1人さまよいながら…、たくさん泣きました」訓練兵の当時の平均年齢は30歳。最年長で38歳、最年少が21歳だったという。話題は処刑方法へと移った。
▲訓練兵に殴り殺させることも=「人を殺す方法は…、さまざまです。鶏姦した奴は殴りました。その他の訓練兵に殴るよう言いました。26〜7回殴ると完全にのびてしまいました。人質を捕った3人は…、映画と同じようにやりました。関係者を皆集め…、(ため息)殺しました」
映画では騒ぎ立てた訓練兵を殴り殺したかのように描写されている。しかし、実際は、1人が残りの2人をナイフで刺し殺し、自分も自殺しようとしたが失敗、結局は頭を銃で貫かれて死亡した。キム・イテさんは非常に疲れた表情だった。何度も言葉が途切れ、ため息を漏らした。
しばらく黙っていた彼は「いずれにせよ、これが真実」としながら、言葉を続けた。「訓練過程で要求されるのは目標と方法だけでした。それ以外は何もありませんでした。全ての照準は北朝鮮124軍部隊に合わせられていました。彼らより少しでも速くなければならず、少しでも強くなければなりませんでした」
「人道主義のようなものは考える余地さえありませんでした。明けても暮れても124軍部隊以上でなければならないという考えだけでした。奴らに情をかけ…。奴らも私によく従ってきました。そのような中、混乱せずにいられると思いますか。心に釘が打たれ…」
「奴らは数週間もすれば北朝鮮に送られるが、そうなればもう2度と会えないだろうなと思いました。我に返ってはたくさん泣きました。政策が間違っていたということは、後になって知りました。しかし、政策立案者もそれなりの立場があったであろうと思います。私は弁明するつもりはありません。誰を恨むというのですか」
これは メッセージ 169281 (hangyosyufu さん)への返信です.
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