小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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実尾島部隊小隊長インタビュー①

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/01/07 23:06 投稿番号: [169279 / 232612]
「直接関わった経験のない人は、当時実尾島(シルミド)で起こった状況を理解できないでしょう。訓練兵には選択の余地がありませんでした。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に渡らないことには死ぬほかありませんでした。われわれ機関兵も彼らとともに麦飯を食べ、同じベッドで休み、苛酷な訓練を受けてはともに泣きました」

「そして、共通の目標を持っていました。金日成(キム・イルソン)主席を暗殺することでした。それ以外は何も考えられませんでした。そのような状況下で、裏切ろうとする者や脱出を試みる者は許せませんでした。そのような者を生かしておけば、任務が完遂できないからです。だから皆…、殺したんです」

▲初めて明るみになった中心人物=メディアに初めて姿を現した実尾島部隊(1968年4月に設立されたことから「684部隊」とも呼ばれている)の小隊長、キム・イテ(60)さんは、衝撃的な発言をした。

キムさんは1968年4月、部隊の創設とともに実尾島に赴任、訓練の全課程を指揮し、重要な瞬間瞬間に重要な決定を下してきた事件の中心人物だ。彼は3カ月後に赴任した同期、キム・バンイルさんとともに3個小隊(1個小隊=10人)からなる実尾島部隊を実質的にリードした人物。

実尾島で勤務した機関兵は「当時の状況について最も詳しい人物」として彼を挙げている。また、もう1人の小隊長、キム・バンイルさんも「事件の起こった1971年8月23日を含め、重要な事件の際、私はその場にいなかった」とし、「主な事件現場で指揮を執っていた人はキム・イテさんだった」と話した。

キム・イテさんは証言途中、何度も躊躇った。時々話しを止め、深く息をする場面も見られた。そして、「いつかは明るみになるべき問題ではないか」とし、言葉を続けた。過去の悪夢を拭い去ることができず、苦しんでいる様子が伺われた。

「31人の隊員中、訓練過程で死亡した人は合わせて7人です。1人は水に溺れて溺死し、残りの6人は…処刑しました。最初に処刑されたのは2人でした。(しばらく躊躇った後)夜、読図法(地図が示す内容を解読する技術)の訓練をしていた時でした。決められた時間まで集合場所に集まらなければならなかったのですが、帰って来なかったんです」

「探してみると、民家に侵入し隠れていました。彼らの任務は北朝鮮に渡り、金日成主席の首を取ってくることです。そのような行動をすれば、他の隊員にどれ程大きな影響が及ぶか分かりません。軍人として私は、そのような行動を…許せませんでした。だから…処刑しました」
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