李登輝氏を門前払いした無礼な京都大学
投稿者: omotenouranourawaomoteyo 投稿日時: 2005/01/05 19:28 投稿番号: [169053 / 232612]
京都大学、李登輝氏を「門前払い」
http://mbs.jp/news/local/html/NS154200501021508060.html
李登輝前総統が学生時代に学んだ京都大学は、李前総統の訪問を拒否、
時計台を車の中から眺めるしかありませんでした。
「李登輝友の会」より
http://www.ritouki.jp/main.html
31日、母校・京都大学を訪れた李登輝前総統は、事前に大学当局に対して
訪問の意を伝達していたにもかかわらず門前払いを食わされた。大学側は、
『大学の自治』を盾に、警護する警察官の入構を認めないと通達し、安全を
考慮した李氏側が学内に入ることを断念した。中国政府が京都大学に対して
「李氏の訪問を認めるな」と脅迫していることが数日前の台湾日報で暴露
されており、京大が屈したという見方が広まっている。事前の通告にもかかわらず、
当日になって大学側が拒否した背景には、中国政府の脅迫と日本国内の世論の
板挟みを恐れたものとみられる。李氏は、結局、構内に入ることを断念し、
そぼ降る雨の中、校門前から母校の雄姿(?)を見上げていた。
******************************************************************
京都大学の李登輝さんに対する姑息な仕打ちは今に始まったものではない。
政治的圧力に屈するという、だらしない伝統こそが「京都大学の伝統」なのだ。
http://www.kin-birei.jp/suggest/rondan/200212.html
97年は京都大学の百周年。李氏は母校の記念式典への参加希望を表明したが、
京大は「李氏は中途退学だから」という最低のいじましい理由でこれを認め
なかった。背後に政治圧力があったのは自明のことである。かつて戦前、
政治圧力から一教授を護るため、教授ら39名が辞表を出した「滝川事件」は
同大学の名声を大いに高めたものだが、それも今は昔。因みに李氏は戦時下の
42年に台北高校から京大に進学、翌43年に学徒出陣、日本陸軍少尉として
終戦を迎えている。なぜ彼が学業を続けられなかったのか、京大によく考えて
もらいたいものだ。
******************************************************************
李登輝さんは、台湾民主化の旗手であり、総統民選制を確立された。
李登輝さんは、両岸対立の不毛な時代にピリオドをうち、台湾において
民主主義の優れたモデルを示された。
李登輝さんは、マレーシア首相のマハティールさんと並んで、
20世紀後半のアジアを代表する知性と良識のリーダーである。
李登輝さんを温かく迎えるか否かは、政治の問題ではない。
理性と知性の問題である。
こともあろうに、李登輝さんの「母校」であるはずの京都大学が
彼に対して、「立ち入り阻止」という冷淡きわまる仕打ちをするとは、
あきれてものもいえない。京都大学が田舎大学である何よりの証左だ。
滝川事件をはじめとする「理性の府」としての「伝統」なるものは
ニセ看板であったか。
李登輝様、台湾の皆様、日本国に「京都大学」という救いがたい田舎大学が有って、
李登輝氏と台湾の方々に対して、無礼かつ卑屈な対応をしたことを、お許し下さい。
参考
http://www.ritouki.jp/main.html
http://mbs.jp/news/local/html/NS154200501021508060.html
李登輝前総統が学生時代に学んだ京都大学は、李前総統の訪問を拒否、
時計台を車の中から眺めるしかありませんでした。
「李登輝友の会」より
http://www.ritouki.jp/main.html
31日、母校・京都大学を訪れた李登輝前総統は、事前に大学当局に対して
訪問の意を伝達していたにもかかわらず門前払いを食わされた。大学側は、
『大学の自治』を盾に、警護する警察官の入構を認めないと通達し、安全を
考慮した李氏側が学内に入ることを断念した。中国政府が京都大学に対して
「李氏の訪問を認めるな」と脅迫していることが数日前の台湾日報で暴露
されており、京大が屈したという見方が広まっている。事前の通告にもかかわらず、
当日になって大学側が拒否した背景には、中国政府の脅迫と日本国内の世論の
板挟みを恐れたものとみられる。李氏は、結局、構内に入ることを断念し、
そぼ降る雨の中、校門前から母校の雄姿(?)を見上げていた。
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京都大学の李登輝さんに対する姑息な仕打ちは今に始まったものではない。
政治的圧力に屈するという、だらしない伝統こそが「京都大学の伝統」なのだ。
http://www.kin-birei.jp/suggest/rondan/200212.html
97年は京都大学の百周年。李氏は母校の記念式典への参加希望を表明したが、
京大は「李氏は中途退学だから」という最低のいじましい理由でこれを認め
なかった。背後に政治圧力があったのは自明のことである。かつて戦前、
政治圧力から一教授を護るため、教授ら39名が辞表を出した「滝川事件」は
同大学の名声を大いに高めたものだが、それも今は昔。因みに李氏は戦時下の
42年に台北高校から京大に進学、翌43年に学徒出陣、日本陸軍少尉として
終戦を迎えている。なぜ彼が学業を続けられなかったのか、京大によく考えて
もらいたいものだ。
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李登輝さんは、台湾民主化の旗手であり、総統民選制を確立された。
李登輝さんは、両岸対立の不毛な時代にピリオドをうち、台湾において
民主主義の優れたモデルを示された。
李登輝さんは、マレーシア首相のマハティールさんと並んで、
20世紀後半のアジアを代表する知性と良識のリーダーである。
李登輝さんを温かく迎えるか否かは、政治の問題ではない。
理性と知性の問題である。
こともあろうに、李登輝さんの「母校」であるはずの京都大学が
彼に対して、「立ち入り阻止」という冷淡きわまる仕打ちをするとは、
あきれてものもいえない。京都大学が田舎大学である何よりの証左だ。
滝川事件をはじめとする「理性の府」としての「伝統」なるものは
ニセ看板であったか。
李登輝様、台湾の皆様、日本国に「京都大学」という救いがたい田舎大学が有って、
李登輝氏と台湾の方々に対して、無礼かつ卑屈な対応をしたことを、お許し下さい。
参考
http://www.ritouki.jp/main.html
これは メッセージ 169051 (vaio6253 さん)への返信です.