李登輝氏の来日の裏で
投稿者: vaio6253 投稿日時: 2005/01/05 19:04 投稿番号: [169051 / 232612]
実はこんなフザケた事が行われてたとは。
やはりチャイナスクールの連中は根絶しないとナ。
(せっかく小泉君がシナに対してイヤガラセをしたのにねえ〜
苦笑)
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成17年(2005年)1月6日(木曜日)
通巻
第1006号
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李登輝氏日本訪問の七日間は各地で大歓迎の嵐だったが。。
伝えられなかったひとつの事実があった
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師走27日に名古屋空港から入国して以来、「私人として」の李登輝・前台湾総統の「文化の旅」(本人が命名)は名古屋城、徳川記念館、雪の兼六園、金沢の故郷偉人記念館、そして和倉温泉から琵琶湖、渡岸寺に初詣。そして最終日には京都清水寺、司馬遼太郎の墓前等々。
各地で大歓迎の嵐、どこでも日本の旗と台湾の旗(中華民国国旗ではない)がはためいた。見送りにも数百人が押し掛け、関空ロビィはごった返した。
ヴィザの発給条件であったように李氏は一切の講演を行わず、また記者会見もしなかった。最後に一言。「日本政府と日本人の暖かい歓迎に感謝し、つぎは奥の細道の旅をしたい」と語った。
警備に動員されたのは愛知県警、石川県警、滋賀県警、京都府警、大阪府警。のべ数千人にのぼった。厳重な警戒のため台湾からの随行記者団は李氏に近づけなかった。
伝えられなかった或る事実がある。
七日間の日本滞在中、日本外務省は中国課の職員ふたりを李氏一行に貼り付け、スケジュールを完全に掌握したのだ。
いや、そればかりか宴席の出席者名簿まで事前の提出を求めた(京都嵐山「吉兆」における中西輝政氏の出席を難詰した。中西教授は“色つき”であり、政治活動にあたるんだって!)。
さらに随行した記者団のなかで新華社の記者だけに特権を与え、スケジュールの詳細を、この中国からの招かざる客は、外務省と同様に完全掌握していたのだ(新華社はいうまでもなく「新聞記者」の仮面を被った情報部員である)。
日本外務省は「中国」の外事を担当するらしいゾ。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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