横田家日記 11/15 遺骨
投稿者: miniiwa 投稿日時: 2004/12/26 22:18 投稿番号: [167343 / 232612]
[早紀江]
11月15日。
二十七年前にめぐみが拉致されたこの日は、とにかく嫌な気分にさせられる。
どこにいっても、この季節の風、空気の感覚があの日の気持ちを連想させ、つらい。
新潟にいたころ、毎年この日は必ず拉致された午後六時三十五分に、めぐみが中学校から帰ってきた道程を一人歩いた。
どのくらい車が通っているか、どうてう人と出あうのか。
泣きながら歩いたこともあった。
今年は二十七年前を思い出す余裕がないほど忙しい日となったが、残念ながら、嫌な一日には変わりなかった。
目の前に白い布に覆われたものが出て来たときはギョッとしたが、「ここで、かわいそうなどと泣き崩れたら北朝鮮の思うつぼ。
受け取ったら大変だ」
と思いなおした。
なにより、他人の骨と鑑定された松木薫さんの「遺骨」のことが思い浮かんで実感が湧かなかった。
その場で「私はこんなの信じません」
と伝えた。
藪中さんは、どのような気持ちで「遺骨」を持ち帰ったのだろうか。
藪中さんは深刻で困り果てた表情。
その青い顔を見ていると、苦労の多い交渉だったことが察せられた。
ショックだったのは写真の方だった。
私たちが一生懸命捜していたときのめぐみそのままの顔が、その写真には写っていた。
「かわいそうに。
めぐみちゃん、こんなところにいたのね・・・」
思わずそう嗚咽を漏らし、泣き出してしまった。
拓也・哲也も泣き崩れた。
「泣かなくてもいいのよ。
絶対にいきているんだから」
と自分自身に言い聞かせるように二人に話しかけた。
その写真の、不安げな顔を見ていると、苦しみ、泣きながら連れて行かれためぐみの姿と重なってしまう。
つらい写真だ。
家族だけではなく、同席した藪中さん、外務省審議官の斎木さん、支援室長の小熊さんも涙ぐんでいた。
大人になってからの笑顔を見せている写真は「年月が経って、こんなに大きくなったのかなぁ。
本当にこんなににったのかしら」
という思いでみていた。
ただ、スッと立つ脚の格好が、めぐみの立ち方そのものだった。
思わず「これはめぐみです。
間違いありません」
と口走った。
色褪せた暗い表情の写真は「こんなに太っちゃったのかな」
とも感じたが、懐かしさでまた涙が出た。
・・・・・・・・・・・
自宅に戻るとすでに日付が変わっていたが、二人で三枚の写真を何度も何度もルーペで拡大して見た。
笑顔を見せている写真を眺めていると、北朝鮮が主張するように精神病にかかって自殺するなど考えられない。
まだどこかで監禁されて
「お母さん、ここにいるよ。
そんなの違うよ」
と叫んでいるようだ。
北朝鮮は、人の心を揺さぶることを計算しているのだ。
私は騙されない
「諸君」二月号より
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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