教育塔②
投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2004/12/10 22:28 投稿番号: [162780 / 232612]
日本教育会解散後、教育塔の管理は日本教職員組合(日教組)が引き継いだ。
この引き継ぎの経緯については、教育界全体が混乱していた時代(日教組が結成されたのは一九四七年六月である)のことであり、引き継ぎそのものを全面的に否定することはできない。あの状況下ではしかたがなかったのだ。
しかし、日の丸・君が代闘争の日教組、教え子を再び戦場に送るまいと誓った日教組が、あろうことか教育祭を毎年一〇月三〇日に執行する伝統までを引き継いでいる。これはおかしい。
このことは、当然日教組内部でも問題になつた。
一九九〇年一〇月三〇日、朝日新聞(大阪版)は朝刊に、つぎのような記事を報道した。
(クリックで拡大)
教育勅語のレリーフ撤去へ/大坂城公園の「教育塔」
大阪城公園にある「教育塔」に飾られている教育勅語朗読シーンなど二枚のレリーフが、来年の「教育祭」までに姿を消すことになりそうだ。戦前の帝国教育会によって建てられ、殉職した教職員や生徒らの霊を祭る教育塔として、その前で毎年一〇月三〇日に日教組の主催で営まれる教育祭のあり方をめぐっては、日教組内部からも「軍国主義の名残」と強い批判の声が出ていた。
今年の教育祭の前日の二九日に開かれた教育塔運営委員会の席上、来年に向けての取り組みとしてレリーフの撤去などを地元の大阪府教職員組合(大阪教組)が提案、日教組もこれを受け入れる方向で議していくことを約束した。「教え子を再び戦場に送るなと訴え続けてきた日教組が、皇国史観にも通じるレリーフをそのままにしてきたのは大きな問題」として、大阪教組はレリーフの跡に戦前の教育の過ちなどを明記することも提案していくという。(中略)
問題のレリーフは塔の入り口の扉をはさんで計二枚あり、壁にはめこまれている。一枚は、校長が整列した子どもたちと教師を前に教育勅語とみられる文書を読みあげている場面。もう一枚は風雨の中、児童を背負って走る教師らが描かれている。陶板製で縦約3メートル、横約1メートル40センチ。新聞誌上で図案を募集、応募二七点の中から選ばれたという。
日教組は戦後、祭りを神式から無宗教に変え、八六年には、「合祀」、「祭主」、「奉納音楽」などのことばを「合祭」、「主催者」、「追悼の音楽」にあらため、今年は献花中に流す音楽を、雅楽の「越天楽」からワグナーの「葬送の音楽」に変えて、神道色の打ち消しを図ってきた。
しかし、レリーフは「歴史的な作品でもあり、これだけ大がかりなものを取りはずすのは大変」などの声もあって残されていた。また依然として教育勅語の記念日に祭りが行われることなどから、反発する教師も少なくなかった。
大阪教組は、去年の連合結成による分裂後、教育塔の地元での維持管理を引き継ぐことになつたが、今年五月の支部の定期大会などでレリーフの撤去、祭りの日の変更などを求める提案が相次いだため、教育祭りのあり方について討議を重ねてきた。
●日教組の吉田哲男・総務部長の話
レリーフはおかしい、撤去したいという意見は以前からあった。確かに今の時代の流れからみて疑問な点は多い。遺族の方々の意見も聞き、時代に合った祭りのあり方を検討したい。
http://www.sakuramo.to/profile/student009.html
教育塔のような価値ある史跡は日教組などに管理させるべきではない。国の管理に移すべきです。戦前の教育と今の教育は比較が出来ないくらい劣っているし、組合の阻止切る津も低下している。教員の質も使命感も地に落ちている。大阪の小学校で児童が何人も殺傷されたとき、授業中の女教師は真っ先に理科室かどこかへ逃げ込んだとか。
日教組は殉職教師の慰霊をやりたければ勝手に慰霊塔でも会館でも建ててやったらいい。史跡を使わないで欲しい。公費を使ったら政教分離原則に違反する。憲法違反だ。文部科学省は大阪の教育塔を史跡に指定して、そのまま保存すべきで、日教組がレリーフを勝手にはずすなどしないよう管理すべきと思う。
殉職教師の慰霊は日教組に依らずに全国校長会の組織か、全国の教育委員会組織で執り行うべきかと考える。
この引き継ぎの経緯については、教育界全体が混乱していた時代(日教組が結成されたのは一九四七年六月である)のことであり、引き継ぎそのものを全面的に否定することはできない。あの状況下ではしかたがなかったのだ。
しかし、日の丸・君が代闘争の日教組、教え子を再び戦場に送るまいと誓った日教組が、あろうことか教育祭を毎年一〇月三〇日に執行する伝統までを引き継いでいる。これはおかしい。
このことは、当然日教組内部でも問題になつた。
一九九〇年一〇月三〇日、朝日新聞(大阪版)は朝刊に、つぎのような記事を報道した。
(クリックで拡大)
教育勅語のレリーフ撤去へ/大坂城公園の「教育塔」
大阪城公園にある「教育塔」に飾られている教育勅語朗読シーンなど二枚のレリーフが、来年の「教育祭」までに姿を消すことになりそうだ。戦前の帝国教育会によって建てられ、殉職した教職員や生徒らの霊を祭る教育塔として、その前で毎年一〇月三〇日に日教組の主催で営まれる教育祭のあり方をめぐっては、日教組内部からも「軍国主義の名残」と強い批判の声が出ていた。
今年の教育祭の前日の二九日に開かれた教育塔運営委員会の席上、来年に向けての取り組みとしてレリーフの撤去などを地元の大阪府教職員組合(大阪教組)が提案、日教組もこれを受け入れる方向で議していくことを約束した。「教え子を再び戦場に送るなと訴え続けてきた日教組が、皇国史観にも通じるレリーフをそのままにしてきたのは大きな問題」として、大阪教組はレリーフの跡に戦前の教育の過ちなどを明記することも提案していくという。(中略)
問題のレリーフは塔の入り口の扉をはさんで計二枚あり、壁にはめこまれている。一枚は、校長が整列した子どもたちと教師を前に教育勅語とみられる文書を読みあげている場面。もう一枚は風雨の中、児童を背負って走る教師らが描かれている。陶板製で縦約3メートル、横約1メートル40センチ。新聞誌上で図案を募集、応募二七点の中から選ばれたという。
日教組は戦後、祭りを神式から無宗教に変え、八六年には、「合祀」、「祭主」、「奉納音楽」などのことばを「合祭」、「主催者」、「追悼の音楽」にあらため、今年は献花中に流す音楽を、雅楽の「越天楽」からワグナーの「葬送の音楽」に変えて、神道色の打ち消しを図ってきた。
しかし、レリーフは「歴史的な作品でもあり、これだけ大がかりなものを取りはずすのは大変」などの声もあって残されていた。また依然として教育勅語の記念日に祭りが行われることなどから、反発する教師も少なくなかった。
大阪教組は、去年の連合結成による分裂後、教育塔の地元での維持管理を引き継ぐことになつたが、今年五月の支部の定期大会などでレリーフの撤去、祭りの日の変更などを求める提案が相次いだため、教育祭りのあり方について討議を重ねてきた。
●日教組の吉田哲男・総務部長の話
レリーフはおかしい、撤去したいという意見は以前からあった。確かに今の時代の流れからみて疑問な点は多い。遺族の方々の意見も聞き、時代に合った祭りのあり方を検討したい。
http://www.sakuramo.to/profile/student009.html
教育塔のような価値ある史跡は日教組などに管理させるべきではない。国の管理に移すべきです。戦前の教育と今の教育は比較が出来ないくらい劣っているし、組合の阻止切る津も低下している。教員の質も使命感も地に落ちている。大阪の小学校で児童が何人も殺傷されたとき、授業中の女教師は真っ先に理科室かどこかへ逃げ込んだとか。
日教組は殉職教師の慰霊をやりたければ勝手に慰霊塔でも会館でも建ててやったらいい。史跡を使わないで欲しい。公費を使ったら政教分離原則に違反する。憲法違反だ。文部科学省は大阪の教育塔を史跡に指定して、そのまま保存すべきで、日教組がレリーフを勝手にはずすなどしないよう管理すべきと思う。
殉職教師の慰霊は日教組に依らずに全国校長会の組織か、全国の教育委員会組織で執り行うべきかと考える。
これは メッセージ 162742 (ringo_pie04 さん)への返信です.