矛盾
投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2004/12/06 05:52 投稿番号: [161698 / 232612]
>死んだ同士を仲間の一員として祭ったから味方だけ。
↑
嘆かわしい!もはや、幕末の長州武士に死者を敵・味方に関わりなく手厚く葬る思想→武士道の中核は無かったのですね。
長州藩の大村益次郎氏が指揮する”官軍”は、上野の”彰義隊”を攻撃した。
羽織に足駄がけの旗本&御家人の次男Or三男で構成→彰義隊は、ほとんど武具もない状態で戦ったといわれる。
その日の戦いに彼らの殆どは、英仏の新装備の長州軍に大敗して戦死。
戦争が終わった後、彰義隊戦死者の遺体は、上野の山に7月の暑さと雨の中で腐敗したまま累々と放置されて、その状況は悲惨をきわめた。
奇兵隊という農民による近代的な軍隊を作り出した長州藩には、もはや”武士道”という、戦に於ける礼・思想はなかった。
”敵の死体”が雨と暑さの中に放置されていようと、彼等の心に、古来の大和魂の去来は残念ながら無かった。
熱烈愛国Jeanne d'Arc でさえ、戦場に斃れた英国の兵士に祈りを捧げた。
それを見かねた河屋幸三郎某という江戸の侠客の、”死んだら、皆仏、敵も味方もないではないか!”と、市中に呼びかけ、彰義隊士の遺体を引き取り、三輪・円通寺に埋葬した。
>国が意味するのはこの国です。その国が日本の場合天皇制国家だ
↑
大日本帝国憲法の御話???
>実権失っても生き残ってこれたのは象徴になってたから。
↑
実権が”無かった”と言う事で生き残れているのでは?
大日本帝国憲法は天皇の”実権”に関してとても微妙表現であり、さすが、天皇を、puppet として、自らまねをし、おどけてみせて周囲を驚かせた伊藤博文公の発案。
>奇妙でも何でもない。かつて生きてた個人を神として祭る神社は沢山ある。
↑
WW2以降の生き神様の第一号に上げられたのはD.MacArthur氏,何でもありの国家神道^^/
連合軍総司令官を解任され、日本を離れる時、米大使館前には早朝から多くの老若男女の市民が集まって別れを惜しんだ。
出発が翌日に遅れると米大使館門前の日本人市民は夜になっても去らず、何を祈るのか、頭をたれる主婦の姿もあった。
敗戦国の国民がこのように”占領軍司令官”を慕うことは、おそらく空前絶後のことであると、当時の米国大使館は伝え→日本の報道の過熱さと共に。
家族と車で米大使館を出発する元帥を見送る人々は、”2百万人”にほどで、沿道で日・米の紙の旗を振り万歳・連呼し、日本国・国会では、この日の午後、D.MacArthur元帥への”感謝決議案”が上程、可決されている。
当時の日本国民の驚愕は→日本の天皇より偉いD.MacArthur氏をを解任する大統領が本国・米国に存在する事。
この歴史的に”偉大な将軍”の”威徳”を称え、”Douglas MacArthur神社"を建立する運動が始まり→発起人には秩父宮氏、田中・最高裁長官など多数の名士が名を連ねた。
しかし、日本人の敬愛するこの占領軍最高司令官が、帰国後の米国議会で日本人の知的成長は”12歳の少年”に過ぎない、と証言したため、”Douglas MacArthur神社”の建立に対する日本国民の熱病は萎んで行き、中止になった。
>靖国神社の場合も祭られてる方々全てが祭神。
↑
国家神道と矛盾します。
靖国”神社”の御祭神の名前を教えて下さい。
↑
嘆かわしい!もはや、幕末の長州武士に死者を敵・味方に関わりなく手厚く葬る思想→武士道の中核は無かったのですね。
長州藩の大村益次郎氏が指揮する”官軍”は、上野の”彰義隊”を攻撃した。
羽織に足駄がけの旗本&御家人の次男Or三男で構成→彰義隊は、ほとんど武具もない状態で戦ったといわれる。
その日の戦いに彼らの殆どは、英仏の新装備の長州軍に大敗して戦死。
戦争が終わった後、彰義隊戦死者の遺体は、上野の山に7月の暑さと雨の中で腐敗したまま累々と放置されて、その状況は悲惨をきわめた。
奇兵隊という農民による近代的な軍隊を作り出した長州藩には、もはや”武士道”という、戦に於ける礼・思想はなかった。
”敵の死体”が雨と暑さの中に放置されていようと、彼等の心に、古来の大和魂の去来は残念ながら無かった。
熱烈愛国Jeanne d'Arc でさえ、戦場に斃れた英国の兵士に祈りを捧げた。
それを見かねた河屋幸三郎某という江戸の侠客の、”死んだら、皆仏、敵も味方もないではないか!”と、市中に呼びかけ、彰義隊士の遺体を引き取り、三輪・円通寺に埋葬した。
>国が意味するのはこの国です。その国が日本の場合天皇制国家だ
↑
大日本帝国憲法の御話???
>実権失っても生き残ってこれたのは象徴になってたから。
↑
実権が”無かった”と言う事で生き残れているのでは?
大日本帝国憲法は天皇の”実権”に関してとても微妙表現であり、さすが、天皇を、puppet として、自らまねをし、おどけてみせて周囲を驚かせた伊藤博文公の発案。
>奇妙でも何でもない。かつて生きてた個人を神として祭る神社は沢山ある。
↑
WW2以降の生き神様の第一号に上げられたのはD.MacArthur氏,何でもありの国家神道^^/
連合軍総司令官を解任され、日本を離れる時、米大使館前には早朝から多くの老若男女の市民が集まって別れを惜しんだ。
出発が翌日に遅れると米大使館門前の日本人市民は夜になっても去らず、何を祈るのか、頭をたれる主婦の姿もあった。
敗戦国の国民がこのように”占領軍司令官”を慕うことは、おそらく空前絶後のことであると、当時の米国大使館は伝え→日本の報道の過熱さと共に。
家族と車で米大使館を出発する元帥を見送る人々は、”2百万人”にほどで、沿道で日・米の紙の旗を振り万歳・連呼し、日本国・国会では、この日の午後、D.MacArthur元帥への”感謝決議案”が上程、可決されている。
当時の日本国民の驚愕は→日本の天皇より偉いD.MacArthur氏をを解任する大統領が本国・米国に存在する事。
この歴史的に”偉大な将軍”の”威徳”を称え、”Douglas MacArthur神社"を建立する運動が始まり→発起人には秩父宮氏、田中・最高裁長官など多数の名士が名を連ねた。
しかし、日本人の敬愛するこの占領軍最高司令官が、帰国後の米国議会で日本人の知的成長は”12歳の少年”に過ぎない、と証言したため、”Douglas MacArthur神社”の建立に対する日本国民の熱病は萎んで行き、中止になった。
>靖国神社の場合も祭られてる方々全てが祭神。
↑
国家神道と矛盾します。
靖国”神社”の御祭神の名前を教えて下さい。
これは メッセージ 161667 (sadatajp さん)への返信です.