Re>abcjp12345とやら・・・②
投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2004/11/14 07:54 投稿番号: [158254 / 232612]
昭和天皇は世界情報のチャンネルを有していましたが、有能な人材でもありました。
すなわち、戦争を終わらせる事がいかに難儀であつたか、日露戦争の教訓を学んでおられました。
日露戦争における最大の激戦であった奉天総攻撃は勝利は日本国を一挙に世界的に有名にした。
このとき相手の超軍事大国ロシアは、奉天会戦を極東の単なる局地的敗戦に過ぎず本当の決戦はこれからと考えていたが、一方の日本の戦力は既に限界に来ていた。
そのことを当時の日本の軍人や政治家は熟知していた→これが明治時代の戦争と昭和時代の戦争の最も大きく違う点。
戦争は始めるより、終わる方が遥かに難しいことを明治時代の政治家や軍人はよく知っていた。
日露戦争・児玉源太郎氏は、奉天大作戦が終了するや、直ちに日本に帰国→大本営陸軍部会議において早急に終戦工作を進めることを提言した。
大本営も直ちに終戦工作に着手することを了承した。
>最後はバンザイ突撃をする、爆弾抱いて桜の華の如く散る特攻隊員を見てきた連中は、これは完全にオカマにしないと勝てないと思ったんですよ、ですからあれはオカマ憲法なんです。(拍手、笑)
↑
そうです、ですから、現代もBush米国政権・Neo-Conは日本に軍隊の総帥権を与えない。
本土決戦を支持した、鈴木内閣時→戦力はひどく衰退していた→戦艦長門が残っていましたが、石油がなくて動けず、戦艦、空母、巡洋艦を欠いた海軍の反撃戦力は、各種特攻舟艇を主体にした特攻攻撃しか残されていなかった。
当時、日本陸軍の地上兵力は600万、その半数が朝鮮、中国、満州を含む海外にあり→本土防衛に当たる兵力240万人、これに加えて2,800万人の国民義勇戦軍闘隊が存在しており、それらが第一軍→九州、第二軍→首都に分けられていた。
国民義勇軍戦闘隊=一般日本国民。
日本国のシュミレーションされていた本土決戦は、女子を含めて、全国民が爆弾を抱えて米軍の航空機、軍艦、戦車に突入するという思想は、現在のイラク侵攻やイスラエルの"自爆テロ"を/KMIKAZE/として具現化され、また米軍の攻撃も一般市民に対する無差別殺戮の発案を正当化させたと思います。
これは メッセージ 158205 (mutekinozerosen さん)への返信です.
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