小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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征韓論

投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2004/11/07 04:51 投稿番号: [157411 / 232612]
>征韓論の発祥地である鹿児島で首脳会談を行うのはきまりが悪い
    ↑
"征韓論"は明治維新で特権を剥奪された武士階級の不満が新政府に迫ったといわれる。しかし実際には、征韓論の源流はそれより古い→攘夷論者の吉田松陰は既に征韓論を唱えていました。
彼は長州藩士→長門→IWAKUNI・”山口県”

明治維新は、維新の推進派の掲げる”尊王・攘夷”と、これに対する”佐幕派”の権力闘争→開国はもともと幕府がペリー来航以来、朝廷の反対を押し切って進めていた政策。

旧勢力の幕府は、幕末において既に鎖国政策を放棄して開国を目指していた。そして新勢力の勤皇派が、旧来の”鎖国政策”を守って”攘夷”を唱えるという、その後の展開に矛盾するものでした。

明治維新が岩倉具視氏&長州閥・勤皇派の勝利で終わり、新政府が生まれた途端に???”攘夷”を主張してきた新政府のスタッフ達は、一転して江戸幕府の外交関係を基本として、”開国&文明開化”の政策を始めた?????

初め王政復古大号令が煥発せられるや、参与岩倉具視氏は、朝議において欧米諸国と和親交際すべしとの論を唱え、従来鎖港攘夷に慣れてきた朝臣の多数を一驚せしめた。

昨日まで???攘夷一辺倒であった勤皇派の中心人物が、政権を取った途端に”欧米諸国との和親交際”に転換したわけであり、”朝臣の多数”ならずとも驚くのが当然。

”勤皇Or佐幕”のイデオロギー対立のみで明治維新を成功させることは難儀。
そこで”尊皇+攘夷”が結合し、危機意識が日本人のナショナリズムを呼びさまし、それが倒幕のエネルギに利用されたといえる。

明治維新は、基本的には朝廷を取り込んだ薩摩・長州と幕府との権力闘争。

現代風→時代の波に乗り、力をつけた新興勢力<薩摩&長州>が、力は無いが、伝統のある名門オーナ会長<長州の天皇家・孝明は暗殺>を担いで在任期間が長すぎてたるみの出た社長<幕府>を引きずり下ろす事に成功した。^^

”攘夷”は、国民のナショナリズムを生み出すための非常に有効な手段。
そこで、明治政府が、”攘夷”に代わって登場させたのが、”征韓論”。

西欧を相手に競争をした場合、軍事的にも経済的にも、明治初期の段階では余りにも彼我のレベルが違いすぎた。

で、代わりに登場した相手が日本と同様に”鎖国”していた隣国・李氏朝鮮。

上記の吉田松陰の提言は、日本政府の中心を占めてきた松陰門下の長州閥により、明治から昭和にかけて、師の遺言通り、朝鮮&中国に対して実行された。
ついには、西洋の蒼い狼・米国にも実行された。
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