征韓論が採用され無かった為切腹?
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/11/06 22:33 投稿番号: [157385 / 232612]
まぁ?!なんという浅学なのでしょうか?
映画「ラスト・サムライ」は、1870年代に「征韓論」を主張した西郷隆盛の話を素材にして作られた。 彼は1873年、韓半島征伐を通じて日本の勢力を拡張しようという自分の主張が受け入れられなかったため、故郷の薩摩に戻って西南戦争を起こした。 そして政府軍に敗北し、自決した。 薩摩は、来月17日に韓日首脳会談が開かれる予定である現在の鹿児島県だ。
今年7月に済州道(チェジュド)で開かれた首脳会談で、両国首脳は「年内に九州地方でシャトル外交を行おう」として合意した。 その後、日本は鹿児島県にある温泉観光地、指宿を候補地に推薦し、韓国政府がこれを受け入れた。 そして先月9日、青瓦台(チョンワデ、大統領府)の金鍾民(キム・ジョンミン)スポークスマンがこうした事実を公式に発表した。
しかし鹿児島が「征韓論」の発祥地であり、太平洋戦争当時に日本軍の神風特攻隊が出撃した基地だったということが、韓国内で議論され始めた。 潘基文(パン・キムン)外交通商部長官は3日、「いまさら何だが、(開催地の変更を)検討中なのは事実」と述べた。 韓国政府としては、昨年、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が顕忠日(ヒョンチュンイル、殉国者慰霊日)に訪日して世論の批判を浴びただけに、征韓論の発祥地である鹿児島で首脳会談を行うのはきまりが悪い。
しかし日本の町村信孝外相は5日の訪韓に先立ち、「外交的に一度決めたものを、特別に大きな変化がない中で変更するのは常識的にありえない」と語った。
実際、鹿児島は、すでに98年に両国の首相・外相など閣僚9人が懇談会を行った場所だ。 当時も鹿児島の過去を知らなかったわけではない。 そのうえ、鹿児島は「征韓論」のほか、壬辰倭乱(文禄の役)当時に連行された陶工らが陶磁器文化に花を咲かせた、われわれの先祖の魂が埋まっている所でもある。 むしろ、われわれがもう少し大人らしく接近する理由を見いだせるはずだ。
しかも会談予定地の指宿から西郷隆盛の銅像までは車で1時間40分、神風特攻隊の出撃基地も山を越えて50分以上かかるという。 金玄基(キム・ヒョンギ)特派員
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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