③極論を述べる
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/10/28 17:31 投稿番号: [156302 / 232612]
しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起ったか。
総理訪米前の大諸ともいふべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。
その状況 を新宿で見て、私は「これで憲法は変らない」と痛恨した。
その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の親制に対する一般民衆の反応を見極め、敢て「憲法改正」といふ火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。
冶安出勤は不用になった。
政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本間題に対して頬っかぶりをつづける自信を得た。
これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしゃぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら護憲を標祷することの利点を得たのである。
名をすてて、実をとる政治家にとってはそれでよかろう。
しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。
そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
銘記せよ!実はこの昭和四十四年十月二十一日といふ日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。
創立以来二十年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切多れ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と、共産党が非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。
論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であった自衛隊は「護憲の軍隊」として認知されたのである。
これ以上のパラドックスがあらうか。
われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。
われわれが夢みていたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を無視しえよう。
自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。
男であれば、男の誇りがどうしてこれを容認しえよう、我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。
これは メッセージ 156301 (hangyosyufu さん)への返信です.
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