最低の朝日新聞
投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/09/06 17:43 投稿番号: [150096 / 232612]
「南京大虐殺事件」なるものは、東京裁判で初めて知らされた事件である。それまでは日本国民は“噂”にすら聞いてもいなかった。南京城の面積は東京都世田谷区よりも矮小である。(約40平方キロ)そこへ外国人記者5人を含む130人ほどの記者・カメラマンが入城して取材にあたった。
そのうえ西条八十、草野心平、大宅壮一、野依秀市、石川達三、林芙美子といった著名な詩人・評論家・作家等も入城し、視察している。そのうちの誰ひとりとして、大虐殺など見ていないし、聞いてもいないのである。従って死体の山も血の河も、非戦闘員を殺害している場面の写真なども一枚もない。
松井大将は上海に帰って2回、外人記者団と会見しているが、その席でさえ、虐殺に関する質問など受けていないのである。
東京裁判は勝者が敗者に対する一方的な復讐裁判だ。日本国民は初めて聞く南京虐殺の件に驚愕したものの、日時とともにその印象も薄れかけていた。
しかし、改めて『中国の旅』が朝日に連載されるに及んで、国民は愕然とした。なぜならそれは、日本の新聞記者による現地報道だからである。
南京大虐殺事件が初めて中学の歴史教科書に登場したのは、昭和50年の春から使用する教科書である。それは、おそらく、朝日をあげてこの虐殺キャンペーンの影響と思われる。
*「中国の旅」
本多勝一記者が中国に渡り、言論統制きびしい共産党の“語り部”(宣伝マン)とみられる人間から大デタラメの作り話を聞かされ、ありもせぬ大虐殺や、万人抗の凄惨きわまりない、日本軍軍民が犯した残虐物語を無批判に、検証もせず、ウラもとらず、そのまま綴ったのが『中国の旅』である。
これは メッセージ 150090 (ringo_pie03 さん)への返信です.
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