北の『宮廷情報』の読み方(上)
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/09/04 19:53 投稿番号: [149904 / 232612]
(東京新聞から)
北の『宮廷情報』の読み方
金総書記夫人死亡説は本当?
北朝鮮の最高指導者、金正日(キムジョンイル)総書記の夫人、高(コ)英姫(ヨンヒ)氏(51)の死亡説が韓国メディアを核に流れている。北朝鮮側からの公式報道はないが、高夫人の死亡は後継者問題に直結する重大な事柄だ。とはいえ、「金王朝」の“宮廷情報”ゆえ、その確認は至難の業。これまでも、誤情報が独り歩きした例は少なくない。乱れ飛ぶ報道に惑わされないため、“宮廷情報”の確度を検証してみると−。
高英姫氏の死亡説は先月二十五日、韓国の月刊誌「月刊朝鮮」の趙甲済(チョガプチェ)編集長が自身のホームページで紹介。三十日に同国の通信社、聯合ニュースが「十三日未明に死亡」と速報し、各メディアが後追いした。高氏が重病という説は昨年十月、韓国閣僚が国会答弁で確認していた。
高氏は大阪出身の在日二世。一九六〇年代初めに帰国し、万(マン)寿台(スデ)芸術団の舞踊家となった。彼女の死亡説が注目されるのは、後継者問題に関係するためだ。
金総書記には前妻の故成(ソン)恵琳(ヘリム)氏、現在の正妻とされる金英淑(キムヨンスク)氏ら四人の妻の存在が伝えられてきた。子どもらのうち、男子は成恵琳氏との間に生まれた長男、正男(ジョンナム)氏と、高英姫氏との間の二男、正哲(ジョンチョル)氏、三男の正雲(ジョンウン)氏の三人。北朝鮮国内での在日家系への厳しい評価と絡んで、高氏への扱いが後継者問題を占う重要な要素とみられている。
高氏死亡を伝えた韓国紙のある記者は「うちは北京特派員が、北京消息筋の話として『高夫人が心臓まひのため死去』したと報じた。通信社も同様のニュースを流しているから、北京特派員が慌てて通信社記事を追いかけた可能性もある。併せて韓国政府筋の『確認できていない』との話も記事に取り込み、紙面上は死亡とは断定していない」と歯切れがいまひとつだ。
北朝鮮情報の中でも、指導者周辺の動静は秘密のベールに包まれている。最高指導者の死亡説ですら、過去には誤報があった。
代表例が八六年十一月、韓国の国防省が北朝鮮の金日成(キムイルソン)主席(当時)が銃撃で死亡した、と発表したことだ。真偽は分からず、まる一日たって主席本人が平壌空港に顔を見せ、健在が確認された。日本政府も独自には情報が確認できず、倉成正外相(当時)が「独自の情報収集能力を持たないといけないと痛感した」と反省の弁を述べた。
■金総書記像もクルクル変化
“誤報例”はほかにもある。「金正日総書記の素顔」がそれだ。金総書記の肉声は二〇〇〇年六月の南北首脳会談までは、九二年四月の朝鮮人民軍創建六十周年閲兵式での「英雄的な朝鮮人民軍将兵らに栄光あれ」という発言を除いてまったく紹介されず、言葉数が少ない人物と推測された。
本紙の山本勇二ソウル支局長は「実は七八年に北朝鮮に拉致され、八六年に脱出した韓国の映画監督、申相玉(シンサンオク)氏が秘密でとった金正日氏の肉声テープがあり、早口であることも事前に分かっていたはず」と解説する。だが、このイメージは続き、南北首脳会談に登場した金総書記が多弁だったことで、一転「ウイットに富んだ人物」と持ち上げる韓国メディアも現れた。
金正日ファミリーについては北朝鮮の公式メディアも一切報じない。総書記とじかに接した人物の証言や記述も限られている。
具体的には、九五年に亡命した前妻成恵琳氏の姉成(ソン)恵琅(ヘラン)氏や八八年から十三年間、金総書記の専属料理人を務め、『金正日の料理人』(扶桑社)と題した手記を書いた藤本健二氏(仮名)。さらに、九七年に北朝鮮から韓国に亡命した黄長〓(ファンジャンヨプ)元朝鮮労働党書記や前出の映画監督、申相玉氏と妻で女優の崔(チェ)銀姫(ウニ)氏の回想録などだ。特に藤本健二氏の回想録は、高英姫氏と息子のことを詳述した唯一の記録で、成恵琅氏の手記には総書記の長男の金正男氏の幼少の話が出てくるが、情報は限られる。
増加している亡命者による北朝鮮情報も、その確度となると不安がある。
「朝鮮労働党の指導部、中央委員会メンバーは百四十人から百五十人いると推定されるが、これまで亡命者は黄長〓氏しかいない。軍部をみても、少将以上の約千二百人の中で公表された亡命者はゼロ。核開発情報も亡命者筋から流れているが、亡命者で政策決定過程を知りうる本当の権力層の人間はほとんどいないのが現実だ」(山本支局長)
そうした状況下、在日ジャーナリストの金賢(キムヒョン)氏は、今回の高夫人死亡報道の信ぴょう性にも疑問を投げかける。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040904/mng___
北の『宮廷情報』の読み方
金総書記夫人死亡説は本当?
北朝鮮の最高指導者、金正日(キムジョンイル)総書記の夫人、高(コ)英姫(ヨンヒ)氏(51)の死亡説が韓国メディアを核に流れている。北朝鮮側からの公式報道はないが、高夫人の死亡は後継者問題に直結する重大な事柄だ。とはいえ、「金王朝」の“宮廷情報”ゆえ、その確認は至難の業。これまでも、誤情報が独り歩きした例は少なくない。乱れ飛ぶ報道に惑わされないため、“宮廷情報”の確度を検証してみると−。
高英姫氏の死亡説は先月二十五日、韓国の月刊誌「月刊朝鮮」の趙甲済(チョガプチェ)編集長が自身のホームページで紹介。三十日に同国の通信社、聯合ニュースが「十三日未明に死亡」と速報し、各メディアが後追いした。高氏が重病という説は昨年十月、韓国閣僚が国会答弁で確認していた。
高氏は大阪出身の在日二世。一九六〇年代初めに帰国し、万(マン)寿台(スデ)芸術団の舞踊家となった。彼女の死亡説が注目されるのは、後継者問題に関係するためだ。
金総書記には前妻の故成(ソン)恵琳(ヘリム)氏、現在の正妻とされる金英淑(キムヨンスク)氏ら四人の妻の存在が伝えられてきた。子どもらのうち、男子は成恵琳氏との間に生まれた長男、正男(ジョンナム)氏と、高英姫氏との間の二男、正哲(ジョンチョル)氏、三男の正雲(ジョンウン)氏の三人。北朝鮮国内での在日家系への厳しい評価と絡んで、高氏への扱いが後継者問題を占う重要な要素とみられている。
高氏死亡を伝えた韓国紙のある記者は「うちは北京特派員が、北京消息筋の話として『高夫人が心臓まひのため死去』したと報じた。通信社も同様のニュースを流しているから、北京特派員が慌てて通信社記事を追いかけた可能性もある。併せて韓国政府筋の『確認できていない』との話も記事に取り込み、紙面上は死亡とは断定していない」と歯切れがいまひとつだ。
北朝鮮情報の中でも、指導者周辺の動静は秘密のベールに包まれている。最高指導者の死亡説ですら、過去には誤報があった。
代表例が八六年十一月、韓国の国防省が北朝鮮の金日成(キムイルソン)主席(当時)が銃撃で死亡した、と発表したことだ。真偽は分からず、まる一日たって主席本人が平壌空港に顔を見せ、健在が確認された。日本政府も独自には情報が確認できず、倉成正外相(当時)が「独自の情報収集能力を持たないといけないと痛感した」と反省の弁を述べた。
■金総書記像もクルクル変化
“誤報例”はほかにもある。「金正日総書記の素顔」がそれだ。金総書記の肉声は二〇〇〇年六月の南北首脳会談までは、九二年四月の朝鮮人民軍創建六十周年閲兵式での「英雄的な朝鮮人民軍将兵らに栄光あれ」という発言を除いてまったく紹介されず、言葉数が少ない人物と推測された。
本紙の山本勇二ソウル支局長は「実は七八年に北朝鮮に拉致され、八六年に脱出した韓国の映画監督、申相玉(シンサンオク)氏が秘密でとった金正日氏の肉声テープがあり、早口であることも事前に分かっていたはず」と解説する。だが、このイメージは続き、南北首脳会談に登場した金総書記が多弁だったことで、一転「ウイットに富んだ人物」と持ち上げる韓国メディアも現れた。
金正日ファミリーについては北朝鮮の公式メディアも一切報じない。総書記とじかに接した人物の証言や記述も限られている。
具体的には、九五年に亡命した前妻成恵琳氏の姉成(ソン)恵琅(ヘラン)氏や八八年から十三年間、金総書記の専属料理人を務め、『金正日の料理人』(扶桑社)と題した手記を書いた藤本健二氏(仮名)。さらに、九七年に北朝鮮から韓国に亡命した黄長〓(ファンジャンヨプ)元朝鮮労働党書記や前出の映画監督、申相玉氏と妻で女優の崔(チェ)銀姫(ウニ)氏の回想録などだ。特に藤本健二氏の回想録は、高英姫氏と息子のことを詳述した唯一の記録で、成恵琅氏の手記には総書記の長男の金正男氏の幼少の話が出てくるが、情報は限られる。
増加している亡命者による北朝鮮情報も、その確度となると不安がある。
「朝鮮労働党の指導部、中央委員会メンバーは百四十人から百五十人いると推定されるが、これまで亡命者は黄長〓氏しかいない。軍部をみても、少将以上の約千二百人の中で公表された亡命者はゼロ。核開発情報も亡命者筋から流れているが、亡命者で政策決定過程を知りうる本当の権力層の人間はほとんどいないのが現実だ」(山本支局長)
そうした状況下、在日ジャーナリストの金賢(キムヒョン)氏は、今回の高夫人死亡報道の信ぴょう性にも疑問を投げかける。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040904/mng___
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.