>>>中国と北朝鮮の援助について
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/09/04 19:02 投稿番号: [149902 / 232612]
>小学校の歴史の教科書で弥生時代のお米の倉庫にはネズミ返しという工夫がなされていると学んだ記憶があります。今の日本との技術的な格差はともかくとして中国も北朝鮮も古くからそうした工夫はあったと思うのですが。
私も古くから工夫とか智恵があったと思います。
ここら辺は具体的に分かりませんが、一方でネズミとの<共存>もしてきたのではないかと思います(笑)。
以下は木村光彦神戸大学教授の「北朝鮮の経済危機の構造的要因」の論説ですが、要約みたいなものです。
リポートの中でいかに無駄が多いか金日成が何度も嘆いています。
http://www.ier.hit-u.ac.jp/COE/Japanese/Newsletter/No.6.japanese/KIMURA.HTML
もう一つは同教授の「北朝鮮農業の実態分析」というリポートですが、対象とする年代は60−70年代と古いのですが、どうも社会主義=集団農場の弊害が実体的に出ています。
http://www.ier.hit-u.ac.jp/COE/Japanese/discussionpapers/DP98.3/98_3.html#jo
>状況は、植民地期に比べて部分的には進歩していた。なぜならば1945年以前、トラクターは全く普及していなかったからである。しかし重要な点で後退した。植民地期において、鎌や鍬の調達、準備にかんして問題が生じるということは考えられなかった。
↑
稲作作業において、鎌とか鍬の不足というのは考えられないですが、集団農場故に起きることなんでしょう。
最後に同教授は非常に厳しい報告をしています。
北朝鮮に国家計画を実施する能力もなく、<整合的な計画にもとづくことなく、場当たり的、無秩序な生産・動員命令によって左右された>
>一般の北朝鮮経済論には誤解が少なくない。北朝鮮経済が硬直的な中央集権計画経済であるというのはそのひとつである。北朝鮮は建国以来、厳密な中央経済計画を実施したことは一度もない。すなわち国家計画委員会は、多数の財を含んだ物財バランスを実施する能力はおろか、その計画作成能力も有していなかった。現実の経済運営は、整合的な計画にもとづくことなく、場当たり的、無秩序な生産・動員命令によって左右された。 このように、もともと中央政府が経済「 計画 」を実施していなかったのであるから、北朝鮮経済の破綻は「 中央計画経済の破綻 」ではありえない。さらに、北朝鮮経済の長期動向について多くの人は、50年代から70年代にいたるまで急速に発展したのちに停滞に陥ったと考えている。本稿の分析は、こうした「 急発展 − 減速説 」が非現実的であること、むしろ「 長期停滞説 」が妥当することをつよく示唆する。 具体的には、北朝鮮経済は1950年代後半、多額の対外援助を得て短期間のうちに( 朝鮮戦争による破壊から )復興したのち、60年代にはいって早くも停滞に陥った。以後一層の援助と大量の国内資源投入によって実現した生産増は、経済原則を無視した「 強制成長 」であり、技術進歩をともなう持続的発展の結果ではなかった。 そこでは収穫逓減作用がつよく働き、非効率が増大した。 生産の維持は援助に依存し、結局、援助の削減とともに再生産は不可能となった。 北朝鮮はこのように、自立的工業の育成 − 農業国からの脱皮に失敗し、同時に農業発展にも失敗した。 近年の農業崩壊はその帰結であった。 換言すれば、農業崩壊の根源は90年代よりはるか以前にさかのぼる。
アフリカへの食糧援助の件は、過去にも紹介したことがありますが(Msg.64516)、たしか重村智計の本にあったと思います。
ただ北朝鮮の農業は非常に遅れていましたし、80年代からダメになったとのことですが、その昔つまり60年代とかには、中国が文化大革命でひどいときには中朝国境では北から中国に食糧が流れたとのことです。
>また、北朝鮮の外務省は外国NGOなどの職員が何らかの個別の寄付を持ってこなければ入国させないと通達していた。
国際的なNGOが北朝鮮における組織的な妨害にあい、抗議をこめて撤退したのはありますが、こういう話は初めてです。
AAH(Action Against Hunger)の北朝鮮における活動停止の際の声明
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~glhuman/nk/aah.htm
彼の有名な<国境無き医師団>も北朝鮮から撤収しています。
最近、北朝鮮はWFPの援助を断るとか、NGOの活動を認めないと言っております。(以下は具体的な活動を知らない私の推測です)NGOはその本来の活動と主にWFPと共に食糧配布のモニター活動なん
私も古くから工夫とか智恵があったと思います。
ここら辺は具体的に分かりませんが、一方でネズミとの<共存>もしてきたのではないかと思います(笑)。
以下は木村光彦神戸大学教授の「北朝鮮の経済危機の構造的要因」の論説ですが、要約みたいなものです。
リポートの中でいかに無駄が多いか金日成が何度も嘆いています。
http://www.ier.hit-u.ac.jp/COE/Japanese/Newsletter/No.6.japanese/KIMURA.HTML
もう一つは同教授の「北朝鮮農業の実態分析」というリポートですが、対象とする年代は60−70年代と古いのですが、どうも社会主義=集団農場の弊害が実体的に出ています。
http://www.ier.hit-u.ac.jp/COE/Japanese/discussionpapers/DP98.3/98_3.html#jo
>状況は、植民地期に比べて部分的には進歩していた。なぜならば1945年以前、トラクターは全く普及していなかったからである。しかし重要な点で後退した。植民地期において、鎌や鍬の調達、準備にかんして問題が生じるということは考えられなかった。
↑
稲作作業において、鎌とか鍬の不足というのは考えられないですが、集団農場故に起きることなんでしょう。
最後に同教授は非常に厳しい報告をしています。
北朝鮮に国家計画を実施する能力もなく、<整合的な計画にもとづくことなく、場当たり的、無秩序な生産・動員命令によって左右された>
>一般の北朝鮮経済論には誤解が少なくない。北朝鮮経済が硬直的な中央集権計画経済であるというのはそのひとつである。北朝鮮は建国以来、厳密な中央経済計画を実施したことは一度もない。すなわち国家計画委員会は、多数の財を含んだ物財バランスを実施する能力はおろか、その計画作成能力も有していなかった。現実の経済運営は、整合的な計画にもとづくことなく、場当たり的、無秩序な生産・動員命令によって左右された。 このように、もともと中央政府が経済「 計画 」を実施していなかったのであるから、北朝鮮経済の破綻は「 中央計画経済の破綻 」ではありえない。さらに、北朝鮮経済の長期動向について多くの人は、50年代から70年代にいたるまで急速に発展したのちに停滞に陥ったと考えている。本稿の分析は、こうした「 急発展 − 減速説 」が非現実的であること、むしろ「 長期停滞説 」が妥当することをつよく示唆する。 具体的には、北朝鮮経済は1950年代後半、多額の対外援助を得て短期間のうちに( 朝鮮戦争による破壊から )復興したのち、60年代にはいって早くも停滞に陥った。以後一層の援助と大量の国内資源投入によって実現した生産増は、経済原則を無視した「 強制成長 」であり、技術進歩をともなう持続的発展の結果ではなかった。 そこでは収穫逓減作用がつよく働き、非効率が増大した。 生産の維持は援助に依存し、結局、援助の削減とともに再生産は不可能となった。 北朝鮮はこのように、自立的工業の育成 − 農業国からの脱皮に失敗し、同時に農業発展にも失敗した。 近年の農業崩壊はその帰結であった。 換言すれば、農業崩壊の根源は90年代よりはるか以前にさかのぼる。
アフリカへの食糧援助の件は、過去にも紹介したことがありますが(Msg.64516)、たしか重村智計の本にあったと思います。
ただ北朝鮮の農業は非常に遅れていましたし、80年代からダメになったとのことですが、その昔つまり60年代とかには、中国が文化大革命でひどいときには中朝国境では北から中国に食糧が流れたとのことです。
>また、北朝鮮の外務省は外国NGOなどの職員が何らかの個別の寄付を持ってこなければ入国させないと通達していた。
国際的なNGOが北朝鮮における組織的な妨害にあい、抗議をこめて撤退したのはありますが、こういう話は初めてです。
AAH(Action Against Hunger)の北朝鮮における活動停止の際の声明
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~glhuman/nk/aah.htm
彼の有名な<国境無き医師団>も北朝鮮から撤収しています。
最近、北朝鮮はWFPの援助を断るとか、NGOの活動を認めないと言っております。(以下は具体的な活動を知らない私の推測です)NGOはその本来の活動と主にWFPと共に食糧配布のモニター活動なん
これは メッセージ 149853 (komash0427 さん)への返信です.