>>ケリー民主党の政策
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/07/30 05:27 投稿番号: [145496 / 232612]
私はこの日経泥酔論説委員の見方は甘すぎるというか、単純すぎると思う。
>1 軍事的オプションを含んだレジュームチェンジ(イラクモデル)
>2 関係各国との交渉による大量破壊兵器の廃棄プロセス(リビアモデル)
>3 米朝二国間の話し合いによる融和政策(クリントン・金日成モデル)
大統領が民主党に変ったからとからっと言って、北朝鮮政策が単純に以前の手法に戻るとは思わない。
たしかにケリーは直接対話の提案はしているし、(それに民主党の対外的な政策には伝統的に共和党と異なるものあるようですが)、それから先の詳細は不明である。
そもそも今回の問題は、94年米朝合意を北朝鮮が破ったものであり、このような甘い約束をしたクリントン民主党大統領(93〜2000年)に責任が帰することになる。
94年合意を批判すれば、これは結果論になるかもしれないが、思いつくだけでいくつもある。
1) そもそも何故軽水炉型にしなければならなかったのか。
現実的には、火力発電所を多数作る方が、現実的であり何も問題を残すことはなかった。
(因みに、94年以後であると思うが、実は金正日はこれから火力発電所を作っていくといっている。)
当時としては、石炭はたくさんとれたはずであるから、何故北朝鮮が自前で火力発電所を作らなかったのか疑問に思います。
2) 今回米国はCVRDを打ち出しているが、94年合意は施設の凍結であり、その後の核査察である(査察は現在までに行われていない)。
故にいつでも施設はいつでも再開でき、現に02年10月からIAEAの視察員(というのか)を追放して、施設を再稼働させたといわれている。
3) 94年の合意ができたときは、米国は北朝鮮はそのうちに崩壊するとの観測が有力だったとのこと。
だから少々約束が甘くてもというような話もある。
この崩壊説を覆したのが、98年の北によるテポドン発射ということらしいです。
(ついでに)
戦争には何の功績もない金正日は、秘密の訓辞(マルムス=み言葉)で、軍部高位者に、94年にカーター元大統領が北朝鮮に特使として入って米朝合意がなった後、カーターを3〜4時間で陥落させたと(自国に有利な交渉結果を引き出しと言うことをいいたいのでしょう)、米国との戦争で局地戦に勝ったのごとく豪語している。
(こういうことで金正日は国内の戦績を積み上げ、権威を高めていく手段に使ったのだろう。小泉再訪朝の時の両首脳の会談の様子が北朝鮮内にTV放映されたが、北としてはこれも同じ手法で将軍様の権威を高めるのに使用したことは、想像に難くない。)
94年合意は米国としては、間違いだらけだった。
関係国が皆騙されたふりをして、合意したとの評価もあるくらいです。
いくら民主党といえども同じ轍は踏まないでしょう。
でもやはりケリーの方がブッシュよりも対北朝鮮は甘くなるのではないかと思います。
ここら辺は、これから日本でも多くの人がいろいろなことを発言するのでしょう。
因みに、カーター・クリントン両民主党の大統領に仕え、一連の北朝鮮政策を主導したのがウィリアム・ペリーということで、現在でも時々名前が出てきますが、
彼は、江戸末期の米艦隊ペリー提督の一族の末裔ということです。
http://www.foreignaffairsj.co.jp/source/CFRreport_and_transcripts/perry.htm
>一九八〇年代に入ると彼はカリフォルニアに戻ってハイテク・ベンチャーを起こし、その後、クリントン政権で国防副長官、国防長官を務めた。技術家、企業家、世界的な指導者のすべての役をこなす彼は「アメリカの宝」と世界でみなされている。また九八年からは、今夜の司会者であるアシュトン・カーターとともに、クリントン政権の要請で、北朝鮮へのポリシー・レビューを行った。彼らは、朝鮮戦争以来初めて、アメリカの大統領特使として北朝鮮の地を踏み、北朝鮮に対する共通のアプローチを作るために韓国や日本などの同盟諸国とともに協議を重ね、一方で、江沢民その他の中国指導層との協議のために何度も北京を訪問している。
>1 軍事的オプションを含んだレジュームチェンジ(イラクモデル)
>2 関係各国との交渉による大量破壊兵器の廃棄プロセス(リビアモデル)
>3 米朝二国間の話し合いによる融和政策(クリントン・金日成モデル)
大統領が民主党に変ったからとからっと言って、北朝鮮政策が単純に以前の手法に戻るとは思わない。
たしかにケリーは直接対話の提案はしているし、(それに民主党の対外的な政策には伝統的に共和党と異なるものあるようですが)、それから先の詳細は不明である。
そもそも今回の問題は、94年米朝合意を北朝鮮が破ったものであり、このような甘い約束をしたクリントン民主党大統領(93〜2000年)に責任が帰することになる。
94年合意を批判すれば、これは結果論になるかもしれないが、思いつくだけでいくつもある。
1) そもそも何故軽水炉型にしなければならなかったのか。
現実的には、火力発電所を多数作る方が、現実的であり何も問題を残すことはなかった。
(因みに、94年以後であると思うが、実は金正日はこれから火力発電所を作っていくといっている。)
当時としては、石炭はたくさんとれたはずであるから、何故北朝鮮が自前で火力発電所を作らなかったのか疑問に思います。
2) 今回米国はCVRDを打ち出しているが、94年合意は施設の凍結であり、その後の核査察である(査察は現在までに行われていない)。
故にいつでも施設はいつでも再開でき、現に02年10月からIAEAの視察員(というのか)を追放して、施設を再稼働させたといわれている。
3) 94年の合意ができたときは、米国は北朝鮮はそのうちに崩壊するとの観測が有力だったとのこと。
だから少々約束が甘くてもというような話もある。
この崩壊説を覆したのが、98年の北によるテポドン発射ということらしいです。
(ついでに)
戦争には何の功績もない金正日は、秘密の訓辞(マルムス=み言葉)で、軍部高位者に、94年にカーター元大統領が北朝鮮に特使として入って米朝合意がなった後、カーターを3〜4時間で陥落させたと(自国に有利な交渉結果を引き出しと言うことをいいたいのでしょう)、米国との戦争で局地戦に勝ったのごとく豪語している。
(こういうことで金正日は国内の戦績を積み上げ、権威を高めていく手段に使ったのだろう。小泉再訪朝の時の両首脳の会談の様子が北朝鮮内にTV放映されたが、北としてはこれも同じ手法で将軍様の権威を高めるのに使用したことは、想像に難くない。)
94年合意は米国としては、間違いだらけだった。
関係国が皆騙されたふりをして、合意したとの評価もあるくらいです。
いくら民主党といえども同じ轍は踏まないでしょう。
でもやはりケリーの方がブッシュよりも対北朝鮮は甘くなるのではないかと思います。
ここら辺は、これから日本でも多くの人がいろいろなことを発言するのでしょう。
因みに、カーター・クリントン両民主党の大統領に仕え、一連の北朝鮮政策を主導したのがウィリアム・ペリーということで、現在でも時々名前が出てきますが、
彼は、江戸末期の米艦隊ペリー提督の一族の末裔ということです。
http://www.foreignaffairsj.co.jp/source/CFRreport_and_transcripts/perry.htm
>一九八〇年代に入ると彼はカリフォルニアに戻ってハイテク・ベンチャーを起こし、その後、クリントン政権で国防副長官、国防長官を務めた。技術家、企業家、世界的な指導者のすべての役をこなす彼は「アメリカの宝」と世界でみなされている。また九八年からは、今夜の司会者であるアシュトン・カーターとともに、クリントン政権の要請で、北朝鮮へのポリシー・レビューを行った。彼らは、朝鮮戦争以来初めて、アメリカの大統領特使として北朝鮮の地を踏み、北朝鮮に対する共通のアプローチを作るために韓国や日本などの同盟諸国とともに協議を重ね、一方で、江沢民その他の中国指導層との協議のために何度も北京を訪問している。
これは メッセージ 145462 (kuecoe さん)への返信です.