金正日処分論 2
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/07/10 06:53 投稿番号: [142644 / 232612]
最後に全く関係ない話ですが(ないわけではない)、江戸時代末期1853年に米国からペリー提督の黒船4隻がやってきて、翌年も再び来航し1854年日米和親条約の締結ということで、日米関係が始まることは日本人なら誰でも知っています。
このペリー提督はマシュー・ペリーというらしいですが、どうもこの一族はボストンを本拠として大金持ちの一族らしいですね(というかその後そうなったというべきか)。
http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/955.html>この家系を生み出した初代オーガスト・ベルモントの妻キャロライン・ペリーの父は、ほかならぬ黒船で浦賀に来航した提督マシュー・ペリーであった。ペリー提督の弟ナサニエル・ペリーの孫娘ジョセフィーンの夫は、2代目ジュニアス・スペンサー・モルガンといい、全米一の金融王J・P・モルガンの甥であった。
>彼らが形成したボストン財閥ペリー家の子孫ウィリアム・ペリーが、1994年1月からクリントン政権の国防長官に就任した
以上のとおり、W.ペリーは最近でも時々出てくる名前であります。
彼は、ステルス機の産みの親とも言われ、軍事企業の設立者とか。
国防長官時代に日米新ガイド・ラインを作り、99年まで政策調整官をやっていたというのですから、なかなか日本と因縁の深い一族ということになるかも知れません。
ただし、これは日本サイドからみた場合のことですが・・・・・
これは メッセージ 142643 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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