【金日成
秘密教示】(5)継承される「統一」の遺志( 6/27)
故金日成主席は、分断から半世紀の一九九五年を「統一元年」とすることを目指
した。
『決定的な時期が捕捉されたら遅滞なく総攻撃を開始すべきだ。全国的なゼネス
トと同時に戦略的要衝地帯の各所で武装蜂起を起こして、電信、電話、変電所、放
送局など重要な公共施設を占拠すると同時に電力の供給中断とともに通信、交通網
をまひさせ、臨時革命政府の名前で北に支援を要請する電波を飛ばすべきだ』(1
974年12月)
『わが北半分には民間団体はないが、南朝鮮にはその名も雑多な民間団体が数限
りなくある。そのなかにはわが方がつくった民間団体も少なくない…南朝鮮当局者
らを反民族的分裂主義勢力として追い詰めるためには、もっと多くの団体をつくり
南朝鮮人民の中で統一の熱気を盛り上げなければならない。こうしてこそ統一問題
をめぐるすべての対話で敵らを動揺させ、主導権も握ることができる』(1972
年8月、第一回南北赤十字会談代表らとの会談)
秘密教示に残る「統一」はあくまでも武力統一だった。
◆◇◆
一九九四年の朝鮮半島は今に続く「北朝鮮の核問題」で揺れていた。プルトニウ
ム抽出疑惑を発端にした核疑惑で北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)の査察を拒
否しつづけ、実験用原子炉から燃料棒を引き抜いた(五月)。米国は武力行使を準
備、一気に緊張が高まりカーター米元大統領が急遽(きゆうきよ)訪朝(六月)、
事態収拾に乗り出した。
対米関係改善のため南北関係を利用し、国際イメージを高めようと狙った故金日
成主席はこのとき、金泳三大統領に首脳会談を持ちかけ、金大統領は快諾、「一九
九四年七月二十五日」に分断後初の南北首脳会談がセットされた。
生涯を通じ「南朝鮮革命」に執念を燃やした金日成主席は、どんな戦略で首脳会
談に臨もうとしたのか。会談を二週間後にひかえた七月八日、金日成主席死去。「
統一」はかなわず秘密教示は体制とともに世襲された。
韓国の情報関係者はいま、金日成時代にタネのまかれた「上層工作」(各界の指
導者、あるいは将来の指導層への工作)のその後に目をこらしている。
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