6>自信でなく誇り
投稿者: kemex2201 投稿日時: 2004/06/15 01:06 投稿番号: [138263 / 232612]
私は国家というものは「ご恩と奉公」が基本だと思ってます。
(クニ)を護ることは育んでくれた風土を守り、家族を守ること。
時には私を滅して公に捧げることも必要。自らはそれで損を蒙ったり、命を落としてしまっても「損な役回りだなー」なんて言いながら後の世代の為の礎になれるなら。子や孫やそのまた孫の世代の為に今、やらなければならないこと。戦後の日本人はそんな気持ちを持たないように操作されてきました。
私らの世代くらいからかな。そういうのが目に見えてきたのは。ブランドものを買い漁り、目の前の淡い繁栄を謳歌する。物質的な豊かさばかりを求め、刹那的な享楽にひたる。子供を産んでも今までの生活を変えたくない。乳児を連れて平気で遠くまで遊びに出かけ、パチンコ屋では真夏の炎天下の車に子供を放置する。あるいは産まない。
私は昔のほーが子供を産む環境が整ってたとは思わないよ。生活が苦しくなっても夫婦は子供を持ったし、母親は家にいた(うちの母は働いてたケド)
・・・人間が自分のことばっか考えるよーになったんだよ。精神の成熟に必要な道徳の芯を奪われたから。
私らには慣れない考えではあるけど、もう一度「矜持」ってもんを持つ必要がある。この国に生まれ、育まれてきた人間としての「矜持」
襟を正し、背筋をピンと伸ばすような気持ち。きちんとした歴史教育が必要だし、権利を主張するには義務も負わなければならないということ。自由には責任がついてくること。私ら自身、もう一度自分を律するようにしなくちゃね。
政府がどうとかも大切だけど、私ら自身の意識改革も急務です。
これは メッセージ 138241 (kitaguniniakogarete さん)への返信です.
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