王子晉の死
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/06/15 01:04 投稿番号: [138261 / 232612]
誰が王子を毒殺したのか?
垠殿下と方子妃は本物の愛情を育てて行かれた。2年後、王子晉(チン、ただし「しん」と呼ばれていた)が産まれ、一家は初めて朝鮮に帰ることになった。
生後8ヶ月の乳児を連れて帰る事に、母伊都子妃は最後まで反対されたが、ぜひ晉殿下も一緒にという朝鮮側の強い要望に押し切られてしまった。
その心配も朝鮮側の熱烈な歓迎に吹き飛び、元気いっぱいの晉はかわいい若宮様と女官達にも大変な人気であった。
2週間にわたる数々の行事も終わって、いよいよ明日はこの地を去ると思えば、名残りが惜しまれてきて、なんとはなしに寂しさをおぼえたのは、殿下のみならず、私にとっても晉にとっても、この国、この地がふるさとであることを、心でも、肌でもたしかめることができたからでしょうか、、、
しかし、悲劇は出発前夜、お別れの晩餐会の後にやってきた。
二人が宴から戻ると、侍従が半狂乱になって「若宮様のご容体が!」と叫ぶ。無我夢中で駆けつけると、晉は青緑色のものを吐き続けていた。そして3日後、激しい雷雨の中を晉はわずか8ヶ月の生命を終えた。
日本人の医師達は、急性消化不良と断定した。しかし、出発の前の晩、細心の警戒が最後にゆるんだのを狙っていたように起きただけに、方子妃はじめ多くの人は、毒殺に違いない、と思った。
これは メッセージ 138260 (hangyosyufu さん)への返信です.
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