>何で日本に来たがるの?
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2004/05/27 22:38 投稿番号: [132802 / 232612]
>「韓国に行く場合、北朝鮮に残っている親せきが迫害を受けるのではないか」と心配しており、依然として日本行きを強く希望している。
日本に行けば親せきが迫害を受けるおそれはないのでしょうかね。わけわからん。
無理矢理韓国へ送り出せば謝罪と賠償を求められそう。かといって特別在留を許可すればどうせ閔洪九みたいになるでしょう。閔は刑務所の中で一緒になった受刑者に「祖国にも日本にも裏切られた。死ぬしかない」と話しており、それを聞いた受刑者は「こいつ何いってんだ?」と思ったそうです。
北朝鮮に送り返せば八方丸く納まりますね。どうしても韓国行きを拒否するなら北朝鮮に送り返すといってやればいいでしょう。
――――――――――
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040524-00000002-mai-l45
[風通信]閔被告のこと /宮崎
小泉純一郎首相が北朝鮮を再び訪れ、拉致被害者の家族が帰国した。蓮池さんらは子供と再会できて、よかった。
北朝鮮について考える時、閔洪九(ミンホング)被告(41)という北朝鮮の元軍人のことを思い出す。彼は日本にいた。しかし今年4月1日、拘置されていた宇都宮中央署(宇都宮市)の留置場で首をつって死んでいるのが見つかった。
「元北朝鮮兵士 拘置中に自殺」という記事は、4月3日の毎日新聞の社会面に小さく載った。閔被告は強制わいせつ容疑で逮捕され、署長らにあてたメモ書きに「迷惑をかけて申し訳ない」などと書かれていた、とあった。
しばらく記事から目を離せなかった。閔被告と面識はない。だが、閔被告に関する取材をしたことがあった。私が勤務していた北九州市に閔被告の支援者がおり、その支援者から閔被告のことをよく聞いた。
閔被告は1983年、北朝鮮の南浦港沖に停泊していた日本の貨物船「第18富士山丸」に忍び込んだ。長崎県対馬沖で機関室に潜んでいたところを見つかり、門司海上保安部に出入国管理法違反(密航)容疑で逮捕された。
当初は工員を自称していたが、その後、軍人と判明。それまで北朝鮮の軍人が韓国に亡命したケースはあったが、日本船で密航して来たのは初めてで、騒ぎになった。
閔被告は横浜入国者収容所に入れられた。長期拘束が続き、私は焦点になった身柄の扱いを取材した。結局、閔被告は仮放免になり、日本で暮らすようになる。特別在留を許可された時は「うれしい」と話していた、と支援者から聞いた。
その後は、閔被告に関する取材をすることもなくなった。密航して来たのは「母親に飲ませる薬を買うためだった」という話も聞いたが、日本で暮らすようになってからは、何度か事件を起こしたことが報じられた。
今回の小泉首相の再訪朝で、拉致問題は全面的な解決には至らなかった。核問題もある。日朝関係の進展を願うが、やがて閔被告に関する出来事が語られることも少なくなるだろう。
閔被告がどんな思いで日本で暮らしていたのかは知らない。自らの命を絶つに至った気持ちもわからない。彼にとって北朝鮮、そして日本とは何だったのか。それを聞いておけばよかった。そんな心残りがある。彼のことは記憶しておきたい。<宮崎支局長・前田岳郁(たけふみ)>(毎日新聞)
[5月24日21時2分更新]
日本に行けば親せきが迫害を受けるおそれはないのでしょうかね。わけわからん。
無理矢理韓国へ送り出せば謝罪と賠償を求められそう。かといって特別在留を許可すればどうせ閔洪九みたいになるでしょう。閔は刑務所の中で一緒になった受刑者に「祖国にも日本にも裏切られた。死ぬしかない」と話しており、それを聞いた受刑者は「こいつ何いってんだ?」と思ったそうです。
北朝鮮に送り返せば八方丸く納まりますね。どうしても韓国行きを拒否するなら北朝鮮に送り返すといってやればいいでしょう。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040524-00000002-mai-l45
[風通信]閔被告のこと /宮崎
小泉純一郎首相が北朝鮮を再び訪れ、拉致被害者の家族が帰国した。蓮池さんらは子供と再会できて、よかった。
北朝鮮について考える時、閔洪九(ミンホング)被告(41)という北朝鮮の元軍人のことを思い出す。彼は日本にいた。しかし今年4月1日、拘置されていた宇都宮中央署(宇都宮市)の留置場で首をつって死んでいるのが見つかった。
「元北朝鮮兵士 拘置中に自殺」という記事は、4月3日の毎日新聞の社会面に小さく載った。閔被告は強制わいせつ容疑で逮捕され、署長らにあてたメモ書きに「迷惑をかけて申し訳ない」などと書かれていた、とあった。
しばらく記事から目を離せなかった。閔被告と面識はない。だが、閔被告に関する取材をしたことがあった。私が勤務していた北九州市に閔被告の支援者がおり、その支援者から閔被告のことをよく聞いた。
閔被告は1983年、北朝鮮の南浦港沖に停泊していた日本の貨物船「第18富士山丸」に忍び込んだ。長崎県対馬沖で機関室に潜んでいたところを見つかり、門司海上保安部に出入国管理法違反(密航)容疑で逮捕された。
当初は工員を自称していたが、その後、軍人と判明。それまで北朝鮮の軍人が韓国に亡命したケースはあったが、日本船で密航して来たのは初めてで、騒ぎになった。
閔被告は横浜入国者収容所に入れられた。長期拘束が続き、私は焦点になった身柄の扱いを取材した。結局、閔被告は仮放免になり、日本で暮らすようになる。特別在留を許可された時は「うれしい」と話していた、と支援者から聞いた。
その後は、閔被告に関する取材をすることもなくなった。密航して来たのは「母親に飲ませる薬を買うためだった」という話も聞いたが、日本で暮らすようになってからは、何度か事件を起こしたことが報じられた。
今回の小泉首相の再訪朝で、拉致問題は全面的な解決には至らなかった。核問題もある。日朝関係の進展を願うが、やがて閔被告に関する出来事が語られることも少なくなるだろう。
閔被告がどんな思いで日本で暮らしていたのかは知らない。自らの命を絶つに至った気持ちもわからない。彼にとって北朝鮮、そして日本とは何だったのか。それを聞いておけばよかった。そんな心残りがある。彼のことは記憶しておきたい。<宮崎支局長・前田岳郁(たけふみ)>(毎日新聞)
[5月24日21時2分更新]
これは メッセージ 132772 (sa_bo_ten_32 さん)への返信です.