>拉致問題の解決の基準
投稿者: komash0427 投稿日時: 2004/05/26 12:59 投稿番号: [132100 / 232612]
特定失踪者問題調査会の荒木さんが正論12月号か1月号に論文を寄稿しています。秀逸な内容だったのでテキスト化してトピに掲示しようとしたのですが、作業の最中に肝心の雑誌を紛失してしまいました。「拉致問題の解決の基準を考える」上でとても参考になる内容だったと思います。荒木さんの「拉致救出運動の2000日―1996年→2002年 」という本を以前読みましたが、この本はまさに拉致救出のための運動を克明に記した「歴史書」です。02年9月まで拉致事件を何も知らなかった自分が今でも恥ずかしい。
帰還を果たした方々とその家族、未帰還者の10人。被害にあったのはその当事者ですが、肉親が行方不明になるということは、その親・兄弟・伯父・伯母・従兄弟・祖父母や、友人、恩師を巻き込み彼らを絶望と悲しみに陥れます。子供が1人行方不明になれば二人の親、兄弟がいればその人数、親戚も少なくとも数人から20人くらいが、たった一人のために悲惨な経験を強いられます。100人とも400人とも疑われる拉致被害者が推定されるのですから、この悲惨な経験をしている人は数千人になるのです。
拉致は人権侵害だとかテロだなどという水準の事件ではありません。国家の視点でみれば、外国から国民をさらわれるということは明白に侵略行為であり、拉致は戦争行為なのです。わが国は北朝鮮に戦争を起こされているということなのです。
この意味で言えば、拉致問題の解決ということは、北と日本にとっては戦争を終結させるということになろうかと思います。日本が勝つのか、北朝鮮が勝つのかわかりませんが、拉致問題の解決とは戦争が終わることなのだと思います。だから日本には是非勝ち抜いてもらいたい。
外交だから相手があるから100%の要求は無理だなどと寝ぼけたことをいっている状態ではないのです。
肉親のプライバシーを明かすことは躊躇されますが、私の10歳あまり年上の従兄弟にあたる男性はアメリカで20年前に行方不明になりました。当時一等航海士として海運業務についている最中、停泊している港から行方がわからなくなりました。海に落ちたという証言があり捜索をしてもらいましたが今だ見つかっていません。13年前に死亡宣告をされ、遺骨のないお墓を作っています。伯父や伯母に会ってもかける言葉は見つかりません。親自身が彼の存在を忘れようと、断ち切ろうとしているのですから。
その父親も4年前になくなりました。いまは80才を過ぎる母親が一人で暮らしています。
当時高校生だった私は、自分の親からこの事件に距離を置かされたので伯母や伯父、従姉妹の感情を直接は知りません。直接は知りませんが自分の親が悲しむ姿、嘆きは見ています。
従兄弟には申し訳ないのですが、それから20年彼のことは忘れていました。ですが北朝鮮による拉致事件を契機に20年前の親の話していたことをうっすらと思い出しました。行方がわからなくなってからちょうど1年後に、無言の電話がかかってきたそうです。それから1年後も無言電話がかかってきたそうです。そうしたことが数年続いたそうです。
今回の訪朝では万分の確率もないとは判っていましたが、それでもひょっとしたらあのお兄ちゃんの情報が出てきたらいいなと心の片隅に思いを抱いておりました。
私は拉致の解決は北との戦争に勝つことだと考えます。
sadatajpさんそれにsofianskyさん、経済制裁という武装を放棄した日本が北との戦争に勝ち抜く方法を私と考えてみませんか。経済制裁をするように考えることも大事ですけど、首相が制裁をしないといった以上制裁の行使は難しいです。平壌宣言を遵守する限りと条件をつけていますが、何も決め事を定めていない平壌宣言を守ること自体が難しいと私は思います。
また人類の永い歴史を振り返ればまったく制裁をせずに独裁国家を倒した事例があろうかと思います。
現代でさえ、東欧の共産主義諸国の崩壊やソ連の崩壊、アパルトヘイトを撤廃した南アフリカと武力による戦争ではなしに(裏では峻烈な戦いはあったと思いますが)、独裁国家、非人道国家が倒されています。
sofianskyさんは東欧や旧ソ連の現代に明るそうですね。どうでしょう、当時の崩壊の過程を検証してみてはいただけませんか?
sadatajpさん、北と隣接する中国を徹底してマークしてみてはいかがでしょうか?一党独裁を堅持し、多民族を抑圧する中国が金正日を今後どのように扱うのか、統一コリアはありうるのか?行方を追ってもらえませんか?
私は南アフリカのアパルトヘイト撤廃へつながった要因を調べてみたいと思います。
如何でしょうか?テーマはお任せいたします。制裁をせずに独裁体制を倒す方法を世界や日本の歴史事実に基づいて考えてみませんか?
ご意見お待ちしております。
帰還を果たした方々とその家族、未帰還者の10人。被害にあったのはその当事者ですが、肉親が行方不明になるということは、その親・兄弟・伯父・伯母・従兄弟・祖父母や、友人、恩師を巻き込み彼らを絶望と悲しみに陥れます。子供が1人行方不明になれば二人の親、兄弟がいればその人数、親戚も少なくとも数人から20人くらいが、たった一人のために悲惨な経験を強いられます。100人とも400人とも疑われる拉致被害者が推定されるのですから、この悲惨な経験をしている人は数千人になるのです。
拉致は人権侵害だとかテロだなどという水準の事件ではありません。国家の視点でみれば、外国から国民をさらわれるということは明白に侵略行為であり、拉致は戦争行為なのです。わが国は北朝鮮に戦争を起こされているということなのです。
この意味で言えば、拉致問題の解決ということは、北と日本にとっては戦争を終結させるということになろうかと思います。日本が勝つのか、北朝鮮が勝つのかわかりませんが、拉致問題の解決とは戦争が終わることなのだと思います。だから日本には是非勝ち抜いてもらいたい。
外交だから相手があるから100%の要求は無理だなどと寝ぼけたことをいっている状態ではないのです。
肉親のプライバシーを明かすことは躊躇されますが、私の10歳あまり年上の従兄弟にあたる男性はアメリカで20年前に行方不明になりました。当時一等航海士として海運業務についている最中、停泊している港から行方がわからなくなりました。海に落ちたという証言があり捜索をしてもらいましたが今だ見つかっていません。13年前に死亡宣告をされ、遺骨のないお墓を作っています。伯父や伯母に会ってもかける言葉は見つかりません。親自身が彼の存在を忘れようと、断ち切ろうとしているのですから。
その父親も4年前になくなりました。いまは80才を過ぎる母親が一人で暮らしています。
当時高校生だった私は、自分の親からこの事件に距離を置かされたので伯母や伯父、従姉妹の感情を直接は知りません。直接は知りませんが自分の親が悲しむ姿、嘆きは見ています。
従兄弟には申し訳ないのですが、それから20年彼のことは忘れていました。ですが北朝鮮による拉致事件を契機に20年前の親の話していたことをうっすらと思い出しました。行方がわからなくなってからちょうど1年後に、無言の電話がかかってきたそうです。それから1年後も無言電話がかかってきたそうです。そうしたことが数年続いたそうです。
今回の訪朝では万分の確率もないとは判っていましたが、それでもひょっとしたらあのお兄ちゃんの情報が出てきたらいいなと心の片隅に思いを抱いておりました。
私は拉致の解決は北との戦争に勝つことだと考えます。
sadatajpさんそれにsofianskyさん、経済制裁という武装を放棄した日本が北との戦争に勝ち抜く方法を私と考えてみませんか。経済制裁をするように考えることも大事ですけど、首相が制裁をしないといった以上制裁の行使は難しいです。平壌宣言を遵守する限りと条件をつけていますが、何も決め事を定めていない平壌宣言を守ること自体が難しいと私は思います。
また人類の永い歴史を振り返ればまったく制裁をせずに独裁国家を倒した事例があろうかと思います。
現代でさえ、東欧の共産主義諸国の崩壊やソ連の崩壊、アパルトヘイトを撤廃した南アフリカと武力による戦争ではなしに(裏では峻烈な戦いはあったと思いますが)、独裁国家、非人道国家が倒されています。
sofianskyさんは東欧や旧ソ連の現代に明るそうですね。どうでしょう、当時の崩壊の過程を検証してみてはいただけませんか?
sadatajpさん、北と隣接する中国を徹底してマークしてみてはいかがでしょうか?一党独裁を堅持し、多民族を抑圧する中国が金正日を今後どのように扱うのか、統一コリアはありうるのか?行方を追ってもらえませんか?
私は南アフリカのアパルトヘイト撤廃へつながった要因を調べてみたいと思います。
如何でしょうか?テーマはお任せいたします。制裁をせずに独裁体制を倒す方法を世界や日本の歴史事実に基づいて考えてみませんか?
ご意見お待ちしております。
これは メッセージ 131049 (sofiansky2003 さん)への返信です.