日本語と漢文
投稿者: cfx789 投稿日時: 2004/05/17 22:13 投稿番号: [126836 / 232612]
我々の祖先は、そもそも漢文を、「言語」をあらわすものと見ていなかった。
何と見ていたかと言えば、純粋の「視覚情報システム」と見た。
漢文の訓読は普通の意味での「翻訳」ではない。
普通の翻訳は、「二つの自然言語」の間に行なわれる操作であるのに対して、
訓読では「自然言語は唯一つ」、日本語しか認められていないからである。
この一間些細な相違は、実は重大な意味を持っている。
と言うのも、まさにこのことによって、我々の祖先は、漢文の内から
「異言語の支配」と言う危険な要素を、
取り除くことに成功したからである。
一国を二重言語国家としてしまうような危険な力は、
「自然言語」の内にこそある。
音声をうばわれ、単なる一つの情報計算法となってしまったものには、
そういう力はない。
しかも、この訓読の方法の内には、当然のことながら、
漢文の持つ情報伝達機能だけは、そっくり損なわれずに保たれている。
つまり、「漢字」は、中国の文字というより、
漢字の視覚形態から直接に一定の意味を伝達すべき、
単なる一情報単位に過ぎないのである。
(長谷川三千子)
これは メッセージ 126567 (mutekinozerosen さん)への返信です.
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