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国語力こそ国力 Ⅰ

投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2004/05/16 23:51 投稿番号: [126566 / 232612]
おなじみ(?)VOICEからのテキスト、6月号の『国語力こそ国力である』(藤原正彦)の転載です。

明治の日本人には『公』も『個』もあったが戦後の日本は両方とも育てることに失敗した、と筆者は説きます。自己(エゴ)と『個』とは違うもの。自立した『個』とは特攻の学生が自問した果てにたどり着くような極限的な自己認識なのでしょう。戦後の『個』は実は卑小な『エゴ』であって、自己を否定する『公』があって『個』が成り立つ。

明治の作家と大正の作家を比べても『個』というものに対する考え方に違いがあるようです。白樺派を境に日本人の精神構造が変わったという人もいます。日本語ブームが言われていますが、『声に出して読みたい日本語』などに引用されている文章を見ても、日本が如何に豊かな国語力を持った国か再認識します。日本再生には読書あるのみと主張されますが、全く同感です。


唯一、時空を超えさせるもの

・特に日本が痛かったのは、戦後,GHQによって旧制中学、旧制高校が廃止されたこと。何しろ旧制高校は教養の塊でしたからね。最後の世代がいま75歳くらい。社会の一線から、15年前に引退しているわけです。その頃からでしょう、日本がおかしくなってきたのは。符合しているわけ。アメリカも考えたんだな。日本が二度と立ち上がってアメリカには向かわないようにするためには、エリートを作らせてはいけない、と。それでエリート教育を全部廃止した。それが、コミンテルン配下の日教組の政策と合致してしまった。『米ソ連合軍』で日本の教育を引っ掻き回したわけだから、これは、コテンパンですよ。いつの間にか、公のことを考えること自体がいけないことになってしまった。『個』ばかり。日本ではもともと『個』なんてことは誰一人いっていなかったのにね、では国家や公の精神が尊重された明治時代に個は育っていなかったかというと、とんでもない。、ものすごく育っている。個の自立は明治時代にこそ促されたといえるくらい。。逆に『個』ばかり唱えてきた戦後のほうが、さっきも言ったとおり、個が埋没してしまった。そして公は全く育たなかった。要するに戦後は両方育てることに失敗し、明治の頃は両方育っていた。さて、どこにからくりがあるか、ということだけれど、最近、私は一つ発見をしたんです。

・ヒントは汚職にあったんですよ。官僚の汚職に着目すると、明治にはほとんどなかったのに、大正、昭和とどんどん増えて、戦後になると爆発的に急増している。なぜなのか、ということなんだけれども。まあ、戦後の汚職の急増はわかりますね。でも国体護持だとか国家のことばかりが唱えられた戦前の昭和に、なぜ汚職が増えたのか。これは考えるに、簡単なんです。本物の『公の精神』は学校教育でいくら唱えたって育ちはしないということ。ちょうど戦後『個性の尊重』をいくら唱えても個性が育たなかったように、要するに、公の精神も自立した個も、根源になるものは同じなんです。道徳とか情緒なんですね。いままで述べたような。それが、明治時代には、まだお父ちゃんやおじいちゃんに体現されていた形で残っていた。あるいは、寺子屋での読み書きを通じてー東郷元帥だって乃木大将だって、皆寺子屋出身ですからーきちんと身についていた。

(インタビュアー)それが次第に欠落して言った結果、ついにはお母様が『流れる星は生きている』でかかれたように、関東軍が真っ先に満州を逃げ出して同胞を見捨てるまでに堕落してゆく。
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