尖閣売国 対馬まで要求する半島3
投稿者: fabyondarone 投稿日時: 2004/04/17 13:52 投稿番号: [117676 / 232612]
元来対馬は山岳地帯が多く、平野が少なく耕作地に恵まれない為、昔から人口と食糧のバランスがとれないのである。…米が極めて少ない為、全体のカロリーから云つて漸(ようや)く一万八千人を支へるに過ぎない。然るにそのときの人口はその倍で三万二千人であつた。四百年の永きに亘り朝鮮貿易に全力を注いで来たのはもつともなのである。貿易の方法はその時々の条約や、習慣等によつていろいろであつたが、進上品にしても、求請品にしても回賜別福と云ふ先方の返礼品や歳賜米にしても、交換率まで決めた官営貿易であつた。又物々交換を前提とする民間貿易も、日本人の朝鮮滞在中の糧米供給にしても、皆それらの貿易代金決済済みの枠と比率のうちで行はれて居る。そこで如何なるものがその輸出入品であつたかと言へば、対馬から銅鉄、鑞鉄(錫と鉛の合金・はんだ)、丹木、明礬(みょうばん)、日本朱、紋紙、黒角(黒い水牛の角)工芸品等で、朝鮮側から主として木綿、米、大豆、小豆、人参等であつた。然るに時代の降るに随つて、木綿の質が下がり、寸法をごまかし、又米の中に砂や石を交へたり、水を加へて桝目をふやしたり、甚だしいのは渡すべき米を渡さないので、享保十三年に書かれた対馬側の文献をみると「二十ケ年程の間、未収二万俵に及び、埒(らち)明き申さず」などと書いてある。是等の取引はすべて朝鮮に於ける和館で行はれた。それは単に商売の形式でなく、外交的儀礼と秩序の上に行はれてゐたのは面白く、官営貿易の面目躍如たるものがある。(中略)しかし如何なる角度から研究しても対馬が朝鮮の所属であつたと言ふ結論は出ないのである。
対馬の件で李承晩大統領には、自国民が呆れるほどの粗雑な歴史知識しかないということが露呈したわけだが、竹島の領有を強硬に主張したのもこの大統領だ。これまた怪しげな歴史知識から言い出したのではないだろうか。
これは メッセージ 117675 (fabyondarone さん)への返信です.
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