社会党の北朝鮮幻想と謝罪意識①
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/02/27 21:54 投稿番号: [109067 / 232612]
遅れス且つ横レスで失礼します、どうしても違和感を持つところがありレスします。
yayoijin_matsuei さんの一連のレスはまとまっていますし、北朝鮮に対する社会党と共産党の評価はそのとおりだと思います。
>第1は、よくここで「自虐史観」教育云々と言われますが、また、さぼてんさんのレスにも「自虐的価値観」という言葉がでていますが、この当時(1970年代)の社会党の幹部の年齢を仮に50歳台とすれば、終戦時は20歳前後ですよ。学校教育は基本的に戦時中に終わっている人たちですよ。少なくとも学校での「自虐史観」教育などとは無縁の世代ですよ。そういう年代がああいう北朝鮮美化の幻想に浮かれていたのです。
ここでの「自虐史観」を「戦後教育」と取ります(自虐史観という言葉はいつからでしょうか?それほど古いものではないでしょう)。
確かに幹部は<戦後教育>を受けていないかも知れませんが、当時は社会党は「総評の政治ブロック」と言われていたと本にありました。つまり戦後教育を受けたヤング(当時)で高卒者は労組において政治的先例を受け、大卒者は大学で左翼の先例を受け、社会党はそのような人々に支持されつつ一方でリードしていたのだと思います。
社会党の結党時の有名なスローガンは「青年よ2度と銃を取るな」(?)だったでしょうか。つまり第2次大戦の深刻な反省から始まっています。後は護憲路線が基本でしょう。非同盟中立とか非武装中立とか。
つまり、戦後教育を受けていなくとも、戦後教育の基本的なものを一つの形で体現していたのが当時の社会党幹部であり社会党支持者だったのではないですか。
戦後教育を受けていない社会党幹部が<自虐史観(=戦後教育)>と無縁であるというのは、あまりにも機械的な判断だと思います。
>ここで、まとめ的に言えば、拉致が次々に起こされ、また、その問題提起に難航したのは、「自虐史観」云々とは直接的関係は言えません。それは、「風が吹けば桶屋が儲かる」式のへリクツをつなげていけば、それは何でも繋げられるでしょう。しかし、そんなものではないでしょう。
ズバリ、拉致の連続発生、解決の困難さは、当時の社会党をはじめとする諸勢力の北朝鮮幻想にその原因があったのです。
<次々に起った>ことはそのとおりだと思いますが、<解決の困難さ>はちょっと違うのではないかと思います。
上記のとおり「北朝鮮幻想」にその原因を求めてられています。
これはこれで分かりますが、この社会党には<北朝鮮幻想>にプラスして<自虐史観>を頑固に持っていたというか、むしろ結党以来そうだったのだろうと思います。
ただし自虐史観といっても幅があるようですし、私も明確な考えを持っているわけではありません。
ちなみに従軍慰安婦等々の問題は、社会党は国会等で最先頭にたって追及したのではないですか。
(next)
これは メッセージ 108476 (yayoijin_matsuei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/109067.html