「よど号と拉致」より…つづき
投稿者: sa_bo_ten_02 投稿日時: 2004/02/26 11:43 投稿番号: [108876 / 232612]
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-つづき
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警察が把握している魚本容疑者のヨーロッパでの動き
1980年:1月
アムステルダム
3月
コペンハーゲン
東ベルリン
5月
コペンハーゲン
7月
アムステルダム
11月
コペンハーゲン
東ベルリン
1982年:12月
コペンハーゲン
1983年:4月
コペンハーゲン
7月
コペンハーゲン
1986根:6月
チューリッヒ
1987年:6月
チューリッヒ
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1984年。妻の一人が偽名で大阪市内の印刷会社に勤めた。赤木志郎の妻、赤木恵美子である。この赤木恵美子の姉と名乗っていたのが、やはり偽名を使っていた森順子だった。森順子は松木薫さん、石岡亨さんの拉致実行犯である。恐らく日本人を獲得するための入国、活動であったのだろう。1980年から88年にかけて妻達の出入国記録では50回に渡って日本への潜入が繰り返された。
1997年、よど号支援者の男性はピョンヤンで小西隆裕から有本さんの消息を聞いていた。北朝鮮は1988年に有本恵子さんは死亡と伝えているが、小西は有本さんはピョンヤンを出た、と1997年の段階で支援者に話しをしていた。ピョンヤンにいたことは認めているのである。今、よど号グループは有本さんの存在すら知らないと行っている。
赤木志郎と有本嘉代子さんの電話による会話(RealPlayer)
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=1934つづく
これは メッセージ 108875 (sa_bo_ten_02 さん)への返信です.
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