>横から、もう少し
投稿者: river_god_2002 投稿日時: 2004/02/24 17:05 投稿番号: [108592 / 232612]
もう少し教えてください。
言葉は生き物ですから時代の変遷によって意味合いや言い方が変化するものです。
国会図書館の資料検索で蔵書や論文を確認したのですが、戦前の支那通史とか歴史とかはごっそりとありました。
逆に中国通史とか歴史とかは支那と比べると全然少ないです。
ところが中華人民共和国が成立した1950年前後を境として少しづつ中国の言葉をタイトルにしたものが増えていっています。
これは日本の学会が敗戦や中華人民共和国成立の影響を受けて、支那という言葉を中国へと変化させたことを彷彿とさせます。
たとえば内藤虎次郎という方は著作も多いのですが、戦前は支那、戦後は中国とタイトルを変えているようです。
貝塚茂樹の著書は戦前の発行分は見つけられませんでしたので、残念ながら比較することができませんでした。
このことから少なくとも戦前は支那4000年がメジャーであって、中国4000年がマイナーだったと言えるでしょうし、その時代でも中国という言葉は使用されていました。
それが戦後段々と中国がメジャーになり、支那ということばはラーメンとか地理とかの部分的な使い方でかろうじて残っている状態になりました。
この言葉の変遷には色々な深い意味があったのだろうと思います。だからといって中国を指して支那と言ったら間違っていると言うのは間違いでしょう。それは割合とコンセンサスができているようですが。
そして中国と支那とはまったく一緒だと考えているのでしたら、支那4000年もOKかなと、でもここを賑わしている方々はそれでは許せないようです。
私はどちらでも構わないと思うのですが、支那は絶対におかしい、違和感があるというのは個人の感覚として尊重したいと思います。
だからと言って支那という言葉を使う人は、今の日本では絶対的に少数派なのだからと、相手の考え方を頭から否定することは全然話が違ってきますよね。まして異常だとか反日だとか、それ以上の言葉で罵っている様は、逆に何か別な意図があるのかなと勘ぐってしまいます。
同じ言葉をお借りして、こちらこそ異常というより、異様な感じ。
だからこそVAIOさんは餌に食いついたとか、わざと挑発的な言葉で切り返しているのでしょうけど。
たしかお互いに思っていることでよろしいのではと書いていたようですが、(ニュアンスが違ったらごめんなさい)ごく当たり前のバランスの取れた考え方だと思います。
今の日本では中国が多数派なのでしたら、昔の日本は支那が多数派でした。戦前の価値観をすべて否定するのであれば、それはそれで話にもなりませんけど。
既出でしょうけど、この考え方はもっとも思います。
http://kan-chan.stbbs.net/word/pc/sina.html
これは メッセージ 108549 (mao_ze_don さん)への返信です.
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