李韓永の妻・金鍾恩
投稿者: rachi_yamero 投稿日時: 2004/02/23 22:56 投稿番号: [108480 / 232612]
結局、謝罪と賠償か。
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http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/02/23/20040223000083.html
ホーム>社会 記事入力 : 2004/02/23 19:43
「夫の名誉回復が願い」 暗殺された李韓永さんの妻・金鍾恩さん
「当時の悪夢はいまだに忘れられません。頭に銃弾を受けて倒れた瞬間、残された娘と私、そして母を思ったであろう彼のことを思うと、胸が張り裂けそうです」
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日(キム・ジョンイル)総書記の妻方の甥で、韓国に亡命したものの1997年2月15日、北朝鮮工作員に暗殺された故・李韓永(イ・ハンヨン)さんの妻、金鍾恩(キム・ジョンウン/35)さんは、長い沈黙を破り、初めてメディアのインタビューに応じた。
夫の名誉回復に向け乗り出した金さんは24日、夫が残した遺言と言っても過言ではない『金正日総書記ロイヤルファミリー』を再出版する。
金さんは現在、国家を相手取った夫の名誉回復と、特殊な身分の夫を守り切れなかった国家に対する損害賠償請求訴訟をそれぞれ起こしている。
夫が『金正日総書記ロイヤルファミリー』を出版したことで身元が明らかになって危険にさらされるようになったとする国家情報院(国情院)側の主張に対し、金さんは「莫大な情報を国家に提供 し、北朝鮮の現実に対して誤って認識している一部若者に、北朝鮮の正確な実状を知らせようとした故人の意向を歪曲するもの」と反駁した。
金さんは「夫の死後、国情院は500万ウォンを私に手渡しながら『これ以上して上げられることは何もない。裁判やメディアにはできる限り出ないよう願う』といった注文を残したに過ぎず、以来何らの謝罪や補償も受けていない」と主張した。
金さんは今も夫の死に対し、疑惑が拭い去れないという。銃撃される前、ライフルを持った黒服の人物が自分を追いかけてくる夢を見て不安になったという李韓永さんは、盆唐(プンダン)の友達の家に住所を移し、10日に1回ずつ立ち寄るようにしていたが、どうやってその日を知り、狙撃したのか、いまだに謎に包まれている。
金さんは夫から北朝鮮についての話をたくさん聞いたという。金正日総書記については家族だからかこれと言って悪い話はしなかったが、政治犯収容所や飢える人々についての話のほか、「金正日総書記が海外に亡命し、祖国が早く統一されたらと思う」などの話しをよくしたという。
李韓永さんは入国後、事業失敗で大きな試練を受けたが挫折せず、再起に向けて最後まで努力したという。
「チョコレート事業を始めた私たち夫婦は必死に働きました。2月14日のバレンタインデーを過ごし、その翌日の15日に夫が襲撃されました。娘のイェインと約束した21日の誕生パーティーには出席できませんでした」
金さんは「夫と初めて出会った時、北朝鮮から来たとは想像すらできなかった」としながら、「ユーモアがあり、優しく寛大で、金持ちの息子だと思った」と話した。また「結婚する1カ月前に夫が北朝鮮のロイヤルファミリーの一員だったと知って驚いた。家族の反対もあったが、私たちは本当に幸せだった」と振り返った。
李韓永さんは寂しがり屋だったのか、友人と会うのが好きで、たいてい飲み代は李さんが払っていたという。金さんは「新婚旅行の時、自分が出国禁止の身分であるばかりに妻に海外旅行をさせてやれなかったと、常に気にしていた」と打ち明けた。
金さんは「夫の忘れ形見の娘イェインに恥ずかしくない父親になれるよう、志半ばで亡くなった李韓永の無念を晴らすのが残された者の務めであり、私の人生の願い」と話した。
姜哲煥(カン・チョルファン)記者 nkch@chosun.com
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「夫の名誉回復が願い」 暗殺された李韓永さんの妻・金鍾恩さん
「当時の悪夢はいまだに忘れられません。頭に銃弾を受けて倒れた瞬間、残された娘と私、そして母を思ったであろう彼のことを思うと、胸が張り裂けそうです」
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日(キム・ジョンイル)総書記の妻方の甥で、韓国に亡命したものの1997年2月15日、北朝鮮工作員に暗殺された故・李韓永(イ・ハンヨン)さんの妻、金鍾恩(キム・ジョンウン/35)さんは、長い沈黙を破り、初めてメディアのインタビューに応じた。
夫の名誉回復に向け乗り出した金さんは24日、夫が残した遺言と言っても過言ではない『金正日総書記ロイヤルファミリー』を再出版する。
金さんは現在、国家を相手取った夫の名誉回復と、特殊な身分の夫を守り切れなかった国家に対する損害賠償請求訴訟をそれぞれ起こしている。
夫が『金正日総書記ロイヤルファミリー』を出版したことで身元が明らかになって危険にさらされるようになったとする国家情報院(国情院)側の主張に対し、金さんは「莫大な情報を国家に提供 し、北朝鮮の現実に対して誤って認識している一部若者に、北朝鮮の正確な実状を知らせようとした故人の意向を歪曲するもの」と反駁した。
金さんは「夫の死後、国情院は500万ウォンを私に手渡しながら『これ以上して上げられることは何もない。裁判やメディアにはできる限り出ないよう願う』といった注文を残したに過ぎず、以来何らの謝罪や補償も受けていない」と主張した。
金さんは今も夫の死に対し、疑惑が拭い去れないという。銃撃される前、ライフルを持った黒服の人物が自分を追いかけてくる夢を見て不安になったという李韓永さんは、盆唐(プンダン)の友達の家に住所を移し、10日に1回ずつ立ち寄るようにしていたが、どうやってその日を知り、狙撃したのか、いまだに謎に包まれている。
金さんは夫から北朝鮮についての話をたくさん聞いたという。金正日総書記については家族だからかこれと言って悪い話はしなかったが、政治犯収容所や飢える人々についての話のほか、「金正日総書記が海外に亡命し、祖国が早く統一されたらと思う」などの話しをよくしたという。
李韓永さんは入国後、事業失敗で大きな試練を受けたが挫折せず、再起に向けて最後まで努力したという。
「チョコレート事業を始めた私たち夫婦は必死に働きました。2月14日のバレンタインデーを過ごし、その翌日の15日に夫が襲撃されました。娘のイェインと約束した21日の誕生パーティーには出席できませんでした」
金さんは「夫と初めて出会った時、北朝鮮から来たとは想像すらできなかった」としながら、「ユーモアがあり、優しく寛大で、金持ちの息子だと思った」と話した。また「結婚する1カ月前に夫が北朝鮮のロイヤルファミリーの一員だったと知って驚いた。家族の反対もあったが、私たちは本当に幸せだった」と振り返った。
李韓永さんは寂しがり屋だったのか、友人と会うのが好きで、たいてい飲み代は李さんが払っていたという。金さんは「新婚旅行の時、自分が出国禁止の身分であるばかりに妻に海外旅行をさせてやれなかったと、常に気にしていた」と打ち明けた。
金さんは「夫の忘れ形見の娘イェインに恥ずかしくない父親になれるよう、志半ばで亡くなった李韓永の無念を晴らすのが残された者の務めであり、私の人生の願い」と話した。
姜哲煥(カン・チョルファン)記者 nkch@chosun.com
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.